小説すばる連載中から好評だった増島拓哉さんの最新刊『路、爆 ぜる』がいよいよ刊行されます。
行き場のない少年少女がたむろする大阪・ミナミの「グリ下」。
そこへ吸い寄せられるようにやってきた高校生の椎名和彦が、犯罪者集団の激しい抗争に巻き込まれていくノンストップ長編です。
刊行を記念して、デビュー作『闇夜の底で踊れ』と『トラッシュ』で大阪の闇社会を描いてきた増島さんと、新宿歌舞伎町でホストから寿司店大将になり、『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』が話題を呼んでいる歌人のSHUNさんにご登場いただきました。
大阪と東京の「夜」をそれぞれ小説と短歌で描いたお二人の対談をお楽しみください。
構成/タカザワケンジ 撮影/山本佳代子
欲望に忠実な人を書こう
――さっそくですが、SHUNさん『路、爆ぜる』をお読みになってどうでしたか?
SHUN めちゃくちゃ面白かったです。本当に楽しい時間をすごさせていただきました。
僕はつい自分と引き寄せて読んでしまうんですが、まず主人公の椎名和彦が元バスケ部の高校生ですよね。僕もバスケをやっていたんです。椎名はポイントガードで、身長からいって難しいけれどダンクを決めてみたいという夢を持っている。でも、父親が職を失い、バスケ部をやめてコンビニでバイトをしていて、ある種の絶望状態ですよね。しかし、あり余ってるエネルギーがあるわけで、この行き場のないエネルギーがこれからどこへ向かっていくんだろうと、ワクワクしました。
増島 ありがとうございます。SHUNさんはバスケをやってたんですね。バスケ部に設定したのは単純な理由で、うちの兄貴がバスケ部やったんです。身長も僕と同じぐらいで高いほうではなく、ポイントガードで。
SHUN そうなんですか。うわ、バスケ出てきたと思って(笑)。椎名が中学時代に同じバスケ部にいた連中と再会したあとに「八月。新月。真っ黒な夜空に、無数の星が瞬いていた」。ほかにも空の描写が印象的ですよね。とくに最後の空の描写は鳥肌が立ちました。
増島 ありがとうございます。心理描写の代わりに風景描写をやるっていう、ベタやけどやっちゃえって感じですね(笑)。
SHUN いや、美しいなと思いましたね。その反面、『路、爆ぜる』には悪いやつがたくさん出てきてグロい描写もあるじゃないですか。ミナミの顔役を名乗る若者たちと、愚狼會 という格闘技ジムを根城にする半グレ集団とか。強そうなやつがいっぱいいますけど、どうやって考えたんですか。
増島 『HUNTER×HUNTER』の幻影旅団っていう盗賊集団があるんですけど。
SHUN もちろん知ってます。
増島 それが愚狼會のモデルですね。
SHUN そうだったんですか。
増島 モデルっていっても、とっかかりだけで全然違ってますけど。顔役は七つの大罪。マンガのじゃなくて聖書のほうの。傲慢、貪欲、邪淫、憤怒、貪食、嫉妬、怠惰でしたっけ。そこから、強欲はこいつやなとか、一人一人、当てはめていった感じです。結局、それも書いているうちに離れていきましたけど。
SHUN 面白いですね。愚狼會はトランプからあだ名がつけられているんですけど、僕はクイーンが好きですね。
増島 タランティーノの『デス・プルーフ in グラインドハウス』っていう映画があるんですけど、クイーンはそれに出てくる殺人鬼(スタントマン・マイク)が出発点です。
SHUN クイーンはなかなかの変態というか。残虐な一方で、殺されそうになるくらい責められるのが好きっていうヤバいやつですよね。ホストやってると、そういう性癖を持ったホストもいるんですよ。その反対にそういうお客さまと出会うことも多々あるので、そんなことも思い出しました。
増島 クイーンを含め、欲望に忠実な人をいっぱい出そうと思ってました。多くの人は理性で抑えてるから事件を起こしたりはせんけど、欲望に忠実な人やったらこうなるのかなって。
SHUN 欲望。そうですね、歌舞伎町なんて欲望だらけですよ。僕も歌舞伎町でホストをやろうと思ったのは、人生を一発逆転させたかったからなので。それに、僕がホストを始めた時代はとくに、何かしらからドロップアウトした人間がホストクラブに多かったですね。
『路、爆ぜる』の椎名は高校からドロップアウトしますけど、僕も高校で普通の道から外れて、十代でホストになってのし上がるしかない、と欲望に忠実にホストを続けました。同僚だったほかの子もバンドをやってたけど売れなくなったり、アイドルやってだめだったり、そういうエネルギーが集まってくる場所でしたね。
増島 そうなんですね。欲望って誰でも持っていると思うんですよ。今、世界中で戦争やらテロやら、ひどい悲劇がいっぱい起きてますけど、正直、そういうことに対して強い問題意識を持っていない僕と、自分の欲望のままに率先して悪いことしてるやつって、そこまで大きく違わへんな、延長線上やなって思いますね。『路、爆ぜる』にセブンっていう高校生が出てくるんですけど、何に対しても冷淡なんです。悪党としての自覚があまりないまま悪いことをしている。残念ながらセブンの精神性は僕と近いかなって気がします。『ドラゴンボール』のフリーザみたいなめちゃくちゃ純粋な悪ってあまりいないなと思っていて、かといってヒーローに憧れたところで絶対になれないわけで。
SHUN 確かにそうですね。
増島 アル・カポネってアメリカの禁酒法時代のギャングは、当時にしては珍しく黒人差別はしなかったという話を聞いたことがあるんです。悪だけでもないし善だけでもない。みんな二面性があるよなって思いますね。
過去にまつわる歌はカメラが遠い
――増島さん、SHUNさんの『歌集 月は綺麗で死んでもいいわ』に付箋をたくさん貼ってますね。
増島 最初、面白い歌に全部貼ろうと思ったんですけど、勉強できないやつの教科書みたいになってしまいそうで、このへんにしときました。短歌は正岡子規の『子規歌集』と、俵万智さんの『サラダ記念日』しか知らない状態で拝読したので、はたして歌を味わえるだけの知識と感性があるかなって不安やったんですけど、めちゃくちゃ面白かったです。
SHUN ありがとうございます。
増島 短歌の世界でご自身の人生をたどるみたいな形式の歌集が珍しいのかどうかは分からないですけど、ページをめくっていくことでちょっとずつ見えてくるSHUNさんの世界があって、連作短編みたいな面白さがありました。そう思いつつ、「傘立てに溜 まるしずくは垢となりやがて乾いてまた雨を待つ」のように、日常を歌ってこれだけで独立している歌もいいなと思いました。
SHUN うれしいです。この歌は短歌を本格的にやろうと思ったきっかけの一つなんですよ。僕の短歌の先生の一人でもある小佐野彈さんが、「この歌をつくった子は絶対、新人賞に応募したほうがいいよ」って歌会で言ってくれて、それがきっかけで短歌に熱が入ったんです。
増島 すごくいいなと思いました。あと「午前五時煙草咥 えベランダへ隣の家の朝食は鯖 」も好きです。
SHUNさんの短歌は、センセーショナルな話題に関してはドライで距離があって、むしろ料理の短歌のほうがウェットな感じがするのが意外でした。僕のような料理をあまりしないような人間からしたら、料理って作業っぽいのかなと思うんですけど、SHUNさんの歌からは情緒的というか、肉感的な感じが伝わってきて、その視点の違いがすごく面白いと思いました。
SHUN 視点ということでいうと、自分の人生や過去に関わる歌は、それを捉えているカメラがかなり遠くにあるかもしれないです。自分に対してちょっと無責任といいますか。でも、きっとそれはあまりにカメラを近くし過ぎてしまうと、僕の精神がもたないからという気もします。自分から離してバランスを取るようにしてるのかもしれないですね。料理については、今の自分が夢中になれるものなので、カメラがぐっと近づいても大丈夫なんだと思います。