「日本政治の未来をフィクションで問う」『ポピュリズム』堂場瞬一 インタビュー_1
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ポピュリズム
著者:堂場 瞬一
定価:2,145円(10%税込)
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直接民主制でも変わらないもの

――『ポピュリズム』の舞台は、国政が直接民主制に移行した近未来の日本。第五回首相選挙をめぐってスリリングなドラマが展開しますが、駆け引きが非常に生々しいところが小説として魅力的です。現行の選挙の空気すら感じさせますね。

堂場 国民が首相を直接投票で選ぶ時代が訪れたとしても、実は選挙というものは生々しいままなのではないか、という見立ての小説になっています。ジャンルとしてはSFに入るような、シミュレーション要素の多い作品であり、直接民主制ならではのディテールも書き込んでいますが、人間のやることはさして変わらないだろう、という思いもあるんですね。

――本作は単体で楽しめる小説でありつつ、直接民主制に移行して四年後の日本を描いた『デモクラシー』の続編的性格も持ちます。直接民主制になってから十五年後の首相選挙、という設定になっていますね。

堂場 『宴の前』では地方選挙を、『小さき王たち』三部作では国政選挙を描いてきました。そのうえで「現在の停滞した政治体制が、思いきり変わったならばどうなるのか」を考えてみたのが、直接民主制に移行した日本を描いた『デモクラシー』でした。「抜本的な改革を!」とは政治家の誰もが叫びますが、実際には誰もやらないわけであり、ならば国会廃止後の日本というラディカルな設定にしてしまえば、見えてくるものがあるのではないかと思ったわけですね。

――ひとつの思考実験ですね。

堂場 『デモクラシー』で中心になったのが、二十歳以上の日本国民のなかから議員がランダムに選ばれる「国民議会」。いわば、立法府の話を書いたわけですね。内閣の長である首相を直接選挙で選ぶプロセスを書いた『ポピュリズム』は、行政府を取り上げている小説である、とも言えます。

――未来の日本の国政を、順々にイメージしていっているわけですね。

堂場 日本がこれから百年スパンでどうなっていくのか、思いっきり想像力を駆使して書いてみたい――そう思っての第二弾なんです。ただ、直接民主制になってから十五年経っても大して世の中が変わっていない、というのもミソなんですね。

――政党もまだ残っていますね。『ポピュリズム』は基本的には群像劇ですが、中心的な登場人物がふたりいます。かつて国会廃止・国民議会創設を成し遂げた新日本党で、広報を務める新世代のふかたま。新日本党の躍進で政権与党の座から転がり落ちて以降、国会復活を目指してきた民自連で選挙局長を務めている、元国会議員のしろこうすけ。彼らを中心に展開するドラマは、政治の奇妙なねじれを感じさせます。

堂場 作中に、珠希がこんな思いを抱く場面があります。「新日本党は日本を変えた。これからも変えていかなくてはいけない。改革者は、希望が実現した瞬間に、それをキープしていくために保守主義者になるというが、新日本党はそうであってはいけない」。逆にいえば、こう念じさせるほどに、革新だったはずの新日本党がいつの間にか保守化しつつあるわけです。権力の側に立った瞬間、直接民主制という理念が固定化していってしまう。一方で、下野してしまったにもかかわらず、その後も旧態依然としている民自連は国民へのアピール力に欠ける状態。政党は停滞気味なんですね。

――新日本党は、元弁護士で女性局長兼政調会長のおおを担ぎ出し、党内の人材に欠く民自連は、テレビコメンテーターとして炎上スレスレの発言で話題の大学教授・じまやすに白羽の矢を立てる。人気YouTuberのベテラン芸人・しろやまたくが無所属で出馬し、選挙戦をひっかきまわす……妙に現実感を抱きます。

堂場 大胆に変革を遂げた社会に生きているつもりでいても、実は奥に潜んでいる本質はほとんど変わらないのではないか。それが私の抱く、近未来の選挙のイメージなんです。選挙をおこなえば、おそらく現在の私たちがもっているメンタリティーの延長線上にある世界が展開するだろう、つまり人気投票になってしまうのではないか、ということを『ポピュリズム』では描いているんです。

「地に足のついた噓」をつく

――人気投票と化してしまった首相選挙の只中で、新日本党・民自連の両陣営は右往左往する。地方議会も解散は目されているが実行はまだ、という設定ですが、社会全体がポピュリズム化していることは、SNSの描写などを通じて伝わってきます。

堂場 昨今の国内ニュースを見ていると、地方自治体の首長選・議員選も含めて、まさにポピュリズム的な動きが目立つようになってきていますよね。動画配信が駆使されるなかで人々の重心が一気に傾くのを私たちは目撃していますし、YouTuberが出馬したり当選したりすることも、もはや珍しくない。こうした動向は世界的な政治情勢の流れを受けている面がありつつ、国内での過去のさまざまな選挙に人気投票的な側面があったことも、我々は知っています。衆院選や参院選で擁立され、当選していったタレント候補・議員なんて、その最たるものですよね。

――今作では「今の首相選挙では何よりもイメージが大事」という台詞も登場します。そんな首相選挙にYouTuberが出馬する世界観も、過去・現在と地続きなのですね。

堂場 私としてはやはり、選挙をめぐる精神性は、日本が直接民主制となって以降の国政においても同じなのではないか、むしろ首相選挙では顕著になるのでは、と見ています。だから『ポピュリズム』という小説は、直接民主制になった日本という架空の世界を描く点では革新的な側面を持つのですが、書かれている内容は保守的なところがあるんですよ。

――近未来のシミュレーション小説というと、現実から大胆に飛躍させたフィクションというイメージがありますが、『ポピュリズム』はむしろ「地に足のついた噓」をついている印象を受けます。

堂場 まさにそうかもしれません。読者の皆さんにリアルに感じてもらうためにこそ、一生懸命にフィクションという噓をついている、という逆説的なところがある。たとえば『ポピュリズム』では、直接民主制に移行してなお党内政治はぐちゃぐちゃで、さまざまな人間の思惑が交錯しています。近未来の政治の場にも我々がいま見聞きしているリアルな政治の感覚が入ってきて、当然党内で揉めるだろうと私は思って書いているわけです。

――国会が存在しないなか、政党が何をするのか、暗中模索している感があります。

堂場 首相選挙で立候補者を擁立する母体、というぐらいの役割しか残っていない、と言えるかもしれません。『ポピュリズム』の日本では、立法府の国民議会はランダムに選ばれた国民によって運営され、官僚がバックアップしている。政党がやるべきことなんて、ほとんどないんですよ。だからこそ、自分たちの立場を補強するために首相を輩出しようとするし、革新勢力は権力の座についた瞬間に保守化する。こうした直接民主制ならではの細部を空想しつつ、現実的なリアリティーを持たせながら書き進めていくことには、不思議な快感を覚えました。

――投票システムの描写が記憶に残りました。有権者は「投票用の端末で、投票したい候補者の名前をタップして、『投票』ボタンを押すだけ」。投票データは各都道府県の選挙管理委員会でリアルタイム集計され、投票終了と同時に中央選管のサーバーに送られる。中央のサーバーに負荷がかからないシステムは、現実味がありますね。

堂場 このあたりは、まるっと噓をつく楽しさがありますね。普段、たとえば警察組織などを描く際は、ノンフィクションとは言わないまでも、記述はそのレベルに近づけていく。今回は、基本的に全部噓。しかもリアルな噓なんです。物語の後半でもうひとり、城山とは異なるYouTuberの泡沫候補が登場しますよね。

――作中では供託金を一億円準備する必要があるとされ、YouTuberも含め立候補のハードルは高いですが、それでもあしかわきんなる大食いYouTuberが出馬を表明します。

堂場 この泡沫候補が、とある騒動を起こす場面がありますが、これも“さも起こりそう”なことなんです。噓をいかにリアルに見せるか、ずっとニヤニヤしながら書き進めていた小説なんですよ(笑)。

――珠希がネット番組制作会社からの転職組というのも印象的でした。動画やSNSでの発信やマーケティング的な感性が重視され、異分野の人間が選挙の裏側で働くようになりつつある現実感覚が滲みます。

堂場 私は選挙とマーケティングは実は別物だろうと考えるたちではあるのですが、ともあれそういう人たちが一気に政治の世界になだれ込んできて、ネット戦略などに携わっていくことは想像に難くない。他方で民自連の選挙局長の田代は、国会議員として食えなくなり、政党職員のようなかたちの仕事に就くしかない。このように新旧入り乱れ、人が蠢いている、というのが直接民主制での首相選挙の状況だろう、と想像したわけです。

――「新」の側である人気YouTuber・城山の一挙手一投足、その影響の読めなさに、新日本党・民自連ともに頭を悩ませます。

堂場 ここは、読者の皆さんに問いを投げかけたところなんです。いま、SNSは大きく政治に影響を及ぼしている。けれども、SNSや動画配信によって左右される票数というのは、ときと場合によって違うでしょうし、不透明で予測がつきづらいものでしょう。ひとりの候補者が当選する場合、これくらいの数の「いいね」があればいい、という指標がわかればもうすこし考えようもありますが、本当のところは誰もわかっていないのでは。今回、城山をめぐるさまざまな動きや反応は、あくまで思考実験をおこなうための一例として描いてみたもの。ここから広げて考えうることはたくさんあるはずですので、ぜひ読みながら皆さんにお考えいただければと思っています。

――『ポピュリズム』というタイトルにしても、人気投票という選挙の内実を前面に出しつつ、その裏にさまざまなニュアンスも潜ませているように感じます。大衆の感情に振り回されるだけではなく、権謀術数的に頭を働かせ、画策する人たちが作中にたくさん登場しますね。たとえば民自連が首相候補として外部から招き入れた尾島は、やはり舌禍が懸念され、党としてのコントロールも利きにくい。ではどうするのか、という点も読みどころです。

堂場 その意味では、旧来の政治勢力である政党、そしてそこに集っている人々による“抵抗”の話でもある、と言えるかもしれません。直接民主制となり、国民議会が運営される時代となってなお、「自分たちが政治を動かしているんだ」という意地ですね。とはいえ、政党に残されたそうしたわずかな力も、やがて本当の終焉を迎えていく可能性もありますし、『ポピュリズム』はそのプロセスの途中を描いた小説かもしれない。そのあたりもまた、読者の方に読み込んでいただければ嬉しいですし、私も今後、たとえば未来史の年表を作り込みながらさらに考えてみたいとも感じています。その年表からまた、新しい小説が生まれることもあるやもしれませんね。

「日本政治の未来をフィクションで問う」『ポピュリズム』堂場瞬一 インタビュー_3