大谷翔平の前には野茂英雄、そして「タカ・タナカ」がいた

 ――先日、YouTubeでとんねるずの石橋貴明さんが食道がんを告白し「帝京魂!」と胸を拳で叩くシーンを見て、文化系とは正反対なまさに「体育会系」を感じました。

実は、石橋さんは映画『メジャーリーグ2』(1994年公開)に「タカ・タナカ」というファンキーな日本人メジャーリーガー役で出演しているので、アメリカでもレジェンド扱いされています。

石橋さんが取材に来ると、大谷と並ぶドジャースのスター選手であるムーキー・ベッツをはじめ、アメリカの人たちも「タカが来た!」とすごく喜ぶんです。「タカ・タナカ」は我々日本人が当初思ってもみなかった形で、日米を繋ぐ役割を果たしています。

とんねるずの石橋貴明 撮影/名越啓介
とんねるずの石橋貴明 撮影/名越啓介

――WBCで有名になったラーズ・ヌートバー選手は逆タカ・タナカとも言えるかもしれません。

ヌートバー選手の活躍で、日系人という存在に再び光が当たりましたよね。栗山英樹監督は視座が高い人なので、そういった社会的な意図も込みで、初めて日系人選手を日本代表に加えたのではないでしょうか。

ヌートバー以外にも「ベイビー・イチロー」ことスティーブン・クワン選手をはじめ、今のアメリカで日系人選手は活躍の場を広げています。

本書を書く中で日系移民の歴史にも触れましたが、私自身も含め日本社会はこうした海外移民に対する関心が驚くほど薄いと感じたんです。

映画『メジャーリーグ2』
映画『メジャーリーグ2』
すべての画像を見る

――現在、大谷翔平選手が所属するドジャースというとやはり野茂英雄さんが1995年にメジャーリーグに挑戦した際に所属した球団と印象があります。調べてみると野茂さんの背番号16はタカ・タナカの背番号から選んだそうです。

野茂さんの歴史的インパクトについては私も考えていて、戦前に日系移民としてアメリカに移り住んだ両親を持ち、敵国として日本と戦った日系二世の人々の中には、野茂さんがドジャー・スタジアムのマウンドに立つ姿に感銘を受けた人も多くいたはずです。

東アジア系に対する人種的偏見が根強く残るなかで、ロサンゼルスなどのアメリカ西海岸の日系人の方々は野茂さんの活躍にすごく勇気づけられたのではないか、と思います。

ですが、日本のメディアにはそういうインパクトについての語りはほとんどないと感じています。なので、本書ではそうした点においても総論を目指しました。

ロサンゼルスのリトル・トーキョーに「Rafu Shimpo(羅府新報)」という日系人向けメディアがあるので、今後ぜひその点を聞いてみたいな、と思っています。

 取材・文/碇本学 写真/Shutterstock 

〈プロフィール〉

中野慧 (なかの けい)

編集者・ライター。1986年、神奈川県生まれ。一橋大学社会学部社会学科卒、同大学院社会学研究科修士課程中退。批評誌「PLANETS」編集部、株式会社LIG広報を経て独立。構成を担当した主な本に『共感という病』(永井陽右著、かんき出版)、『現代アニメ「超」講義』(石岡良治著、PLANETS)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(宇野常寛著、朝日新聞出版)など。現在は「Tarzan」などで身体・文化に関する取材を行いつつ、企業PRにも携わる。クラブチームExodus Baseball Club代表。

文化系のための野球入門 「野球部はクソ」を解剖する (光文社新書 1352)
中野 慧
文化系のための野球入門 「野球部はクソ」を解剖する (光文社新書 1352)
2025/3/18
1144 円(税込)
368ページ
ISBN: 978-4334105877
【日本で「野球」はなぜこれほど好かれ、嫌われるのか?】 大谷翔平ら日本人メジャーリーガーの活躍がテレビのニュースを埋め尽くす一方、インターネットやSNSの世界では「野球部はクソ」という感覚が加速している――。この「ねじれ」はいかにして生まれたのか?もともと本好き、映画好きの〈文化系〉ながら中高大と野球部で〈体育会系〉の経験を重ねた著者が、社会学、人類学、歴史学、文化論を縦横に往復しながら、日本人と野球の関係を描き直す。 なぜか戦後から色濃くなった武士道精神、インターネットで嫌われる〈体育会系〉としての野球部、甲子園に残り続ける朝日新聞のパターナリズム、女子マネージャーの役割と女子野球の歴史に見るジェンダー、ニュージャーナリズムが影響する「Number文学」の問題点、大河ドラマ『いだてん』に登場した「天狗倶楽部」の革新性――。この国で避けては通れない「野球」という巨大文化の全体像を、今までにない様々な論点を網羅しながら描き出す一作。
amazon