「厳罰化を強調すればするほど、逃げ得をねらう狡猾な人間が増えてしまう」
我が子を奪われた事故から25年が過ぎた。飲酒運転が悪しきことは以前より社会に認識されているが、昨今の風潮ついて井上夫妻はどのように考えているのか。
「私たちはこれまでさまざまな活動を行ってきました。講演では真剣に聞いてくれる若者が多く、その点は非常にうれしく感じています。統計からも、飲酒死亡事故の件数が減ってきていることが見てとれます。
その一方で、飲酒ひき逃げの件数は厳罰化に伴い急増し、高止まりしています。これは、飲酒をして人を撥ねてしまった場合に、救護義務を果たさずに体内からアルコールが抜けるまでを逃げ切ろうと考える人間が増えたことを示しています。
飲酒運転に対しては厳罰が与えられるべきですが、厳罰化を強調すればするほど、逃げ得をねらう狡猾な人間が増えてしまう現実もあります」(郁美氏)
「飲酒ひき逃げ事件によって亡くなる人のなかには、早く救急車を呼んでいれば助かった例もあったはずです。助かるはずの生命が助からなくなってしまっては本末転倒だと思います」(保孝氏)
社会に飲酒運転撲滅の機運は高まっているものの、それだけでは飲酒運転をやめられない人たちがいるという。
「悲しいことに、私たちの事件以降も凄惨な事件が後を絶たちません。そのたびに大きくメディアに報じられることによって、大部分の人々にとっては戒めになったと思います。他方で、飲酒を辞めたくても辞められないアルコール依存症に陥っている人たちが存在するのも事実です。どれだけ違反点数の基準が厳しくなったり法律が改正されたり、あるいは厳罰化が進んだりしても、アルコールに依存して生きる人たちが支援を受けて行動変容につながらなければ、飲酒運転を根絶できないんですよね」(郁美氏)
また、危険運転致死傷罪の運用について思うところがあると話す。
「“危険運転”という言葉が一般市民に想起させるイメージと、法が想定している現象に乖離があると思います。無謀な運転によって家族を失った遺族は『当然、危険運転致死傷罪で裁かれるもの』と思うのですが、実際には必ずしもそのような運用になっていません。
署名活動の際には37万人に協力してもらったのですが、危険運転致死傷罪の適用がここまで厳格になるとは多くの人が思っていなかったと思います。確かに本罪は被害者が死亡した場合に最高で懲役20年を課すことのできるものです。しかしあまりにもストライクゾーンを狭めた運用をすると、抜かずに終わる伝家の宝刀になってしまわないでしょうか」(郁美氏)
確かに直近でも、大分市の一般道で時速194キロを出した車による死亡事故が危険運転致死の罪にあたるかどうかが争われるなど、本罪の適用にはかなり慎重な姿勢がうかがえる。
「『交通事故はすべて過失』というひと昔前の感覚が抜けていないと思われる警察官・検察官の言動も目にします。人が亡くなるほどの事故が起きたら、『はたして不注意による過失によるものだろうか?』と考えて、もっと慎重にかつ厳密に危険性を突き詰めて捜査を行なってほしいと考えています」(保孝氏)
法は社会の実情に合わせて新陳代謝を繰り返す。尊い犠牲のうえに現出した法律がお飾りになってはならない。四半世紀前に苦痛とともに活動したことの成果は見えつつあるものの、あるべき姿にはまだ遠い。井上夫妻の活動はこれからも続く。
#2 〈小池大橋飲酒運転事故から25年〉「危険運転致死傷罪」成立のきっかけになった19歳少年の死亡事故… “怒り”を支えに生きた被害者遺族の安らぎとなったものとは に続く
取材・文/黒島暁生 写真/井上夫妻提供