「〇〇は可愛い洋服を買ってもらえたのに、私はいつもお下がりだった」
「なんでいつも〇〇ばっかり、褒めるの! 私を愛してくれなかったの! 昔からずっと、あんたたちは、そうやっちゃが!」
母は、突如として怒り狂い、老いた祖父母にまくし立てた。また「あれ」がはじまったのだ。
しかし、いつも祖父母の答えは決まっていた。
「そんなことを言われる筋合いはない! あんたたちは、みんな平等に扱ったつもりだ」
祖父母は徹底して母の訴えを無視し、突っぱねるのだ。
「〇〇は可愛い洋服を買ってもらえたのに、私はいつもお下がりだった」と食い下がることもあった。
あのとき、あの場所で、何が起こっていたのか。今振り返ってみると、母はネグレクトされた過去について、祖父母に懸命に問い詰めていたのだと思う。しかし祖父母は、母へのネグレクトを頑として認めなかった。その答えは、母の怒りに油を注いだ。
そんな祖父母を前にして、母は「うわぁぁぁぁ」といつも子どもに還ったかのように、大粒の涙を流して泣きわめいた。
「嘘つき! 久美子! 帰るよ!」
そして最後は小さな私の手をつかんで、強引に家を飛び出していく。私はただ、母に引っ張られた手が痛かったことを、鮮明に覚えている。
「あれ」が起こったあと、駐車場に止めていた車の中に私たちは戻った。私は泣きながら、助手席に乗り込んだ。運転席に座っている母は、いつもブルーのアイシャドーが涙で剥がれ落ち、化け物のような顔になっていた。
母は真っ黒な涙を流しながら、「わーんわーん、わーんわーん」と、ハンドルに顔を突っ伏した。当時の私は、祖父母が子どもだった母を傷つけていたなんて知る由もなかった。
それでも私は車の中で、母をそっと抱きしめた。なんとなく、そうしなければならない気がした。それは、母がこれまでの強大な母とは違って、まるで傷だらけの子犬のように見えたからだと思う。
そのときに感じたのは、母の温かさだ。そう、私が母に暴力を振るったときと同じように、母の体温は温かかった。
母は小さく震えていて、私は確かにその体温を感じていた。母の心臓の鼓動が伝わってくる。一瞬、母を包む存在になった気がした。かつて私の命を脅かした母。そんな母がこんなにか弱い存在であることを知った。それは私にとって、大きな驚きだった。
「お母さん、泣かないで。大丈夫だよ。私がいるから」
私は、いつかそんな言葉をかけた気がする。
「久美ちゃん、ごめんね。ごめんね。もう大丈夫だからね」
母はティッシュで涙をぬぐいながら、大きな潤んだ瞳で私を見た。そして、震える肩から絞り出すように、いつもこう言うのだ。
「私は、おじいちゃんたちと違って、絶対にあんたたちを平等に扱うからね。 絶対に、わが子にあんな思いさせないんだから。させてたまるもんか!」
母の誓い。しかし、母がその誓いを守ることができなかったのは、悲しいが、いわずもがなだ。