強い対人恐怖の背後に隠れていた虐待経験
虐待されてきた本当の理由を知るという、自身の生い立ちに関する理解は、“虐待サバイバー”の心の傷の回復には重要である。
しかし、これはつらい過程でもある。残酷な事実も突きつけられる。これまでのがんばりと我慢によって、必死に見ないようにしてきたものが眼前に次々と容赦なく現れ、深い眩暈(めまい)が襲い、心がよじれることもあるだろう。
彼らにとっての回復とは、深く自分に向きあう過程である。と同時に、私のようなカウンセラーにとっても、自分の限界と向きあうきっかけにもなる。
以下で、自身の過去に向き合うことで心の傷から回復した、ひとりの女性の事例を紹介したい。
「ひきこもるために生活保護費をだしてもらっているわけではないのに」と初回のカウンセリングで漏らしたのは、武田朱莉(たけだあかり)さん(43歳)である。彼女は強い対人恐怖が原因で、人と関わらず、ひきこもりの生活を長年にわたって送っていた。
私は、ごく簡単に生活保護になるまでの経緯と成育歴を聞きとった。そうして得られた情報は、彼女が虐待環境下で育ってきたことを示していた。
人前に出られないほどの極度の緊張。町を歩くだけでも嵩じる恐怖心。その背景には幼少期からの虐待が深く関係しており、愛着障害による影響があることを、私は彼女に伝えた。
これまでに通った精神科クリニックや親子関係を専門に扱うカウンセラーからは、親子の問題を指摘されることはあっても、愛着関係(筆者注:親との情緒的なつながり)そのものが「ない」かもしれないと指摘されたことは、なかったという。
どのカウンセリングでも共通することだが、その目的はクライエントが自分を深いところで知ること、理解することである。
「自分の気持ちを見ていくといいと思います」
いつもカウンセリングの終わりに私が伝えるのは、この言葉である。