女子の気持ちを誰より理解していた、ちばてつや先生

19歳になる頃、同好会で一緒に映画をよく観ていた高校時代からの親友が、大阪から上京しました。周囲にいるすべての人を明るい気持ちにする天使のような存在でした。一緒に住むことにしたのですが、彼女は仕事を決めていなかったので、アルバイト先に講談社の「少女フレンド」編集部を紹介しました。

やがて彼女は、仕事でちばてつや先生のお宅に出入りするようになり、弟さんと結婚します。『キャプテン』『プレイボール』などの名作を残したマンガ家、ちばあきおさんです。一緒にマンガを読んでいた彼女が、まさか将来ちば先生を「お義兄さん」と呼ぶようになるとは思わなかったので、羨ましかったですね。

この2人のデートに、くっついていったことがあります。高級車のベンツに初めて乗りました。ちなみに私は、ちばてつや先生を、長い間女性だと勘違いしていたのです。

ちば先生は少女マンガ雑誌でデビューなさって、ずっと少女マンガを描いていらっしゃいました。当時の男の人が考える女の子は、か弱くて、守ってあげたくて、すぐ泣いて、悲しいさだめにシクシク泣いて、ひたすら我慢して耐えるようなヒロインばかりでした。

昔の少女マンガには、継母にいじめられたヒロインがメソメソ泣くというパターンがあって、私はそれが嫌いでした。もう、シンデレラだらけ。でもちば先生の少女マンガのヒロインは、生き生きして、素晴らしかったのです。男に負けずに堂々と自分の道をいく少女を描いていらした。

「男性のペンネームを使った女性のマンガ家だろう」マンガ家・里中満智子が、ちばてつやの性別を勘違いしていた理由_4
さいとう・たかをのお別れの会を前に。(左から)秋本治、ちばてつや、里中満智子 写真/共同通信
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私は「女子の本音を誰より理解しているから、作者は女性」「ちばてつやってかっこいい名前だからきっとペンネームだろう」「男性のペンネームを使った女性のマンガ家だろう」と思い込んでいました。昔は情報が全然なくて、雑誌に載っているのも切手大の自画像くらい。自画像なんてどうにでも描けますから、参考になりません。

中学1年生の頃、「少女クラブ」の片隅にちば先生の写真が載ったことがありました。当時の新聞の写真はすごく目が粗かったのですが、目を細めて一生懸命見ても、何かおじさんっぽい。おかしいな……と思いました。

当時、美輪明宏さんが丸山明宏という名前で、シャンソンを歌ってデビューなさいました。お人形のように美しい、美少年というか美少女というか。キャッチフレーズは「シスターボーイ」でした。だから私は、ちば先生はシスターボーイなのだろうと。

「丸山明宏さんは、体つきも細くて顔もきれいで、絵に描いたような美しさだけれども、ちば先生は身体は男で心が女なのだろう」と勝手に思っていたのです。

そうしたら、マンガページの隅に「ちばてつや先生が結婚なさいました」という情報が出たのです。おかしいなと思って。世を忍ぶ仮の姿で結婚する人も、子どもが欲しくて結婚する人もいるし、それかもと納得させました。我ながらしつこいですね。

私自身がデビューして、ちば先生とお目にかかれるようになって、かなり親しくなってようやく言えました。

「昔、私、先生のことをシスターボーイだと思っていたのです。だって、先生の描く少女マンガの中の女の子がものすごくリアルで本当に嬉しくて、これは女の子の気持ちを体験した人じゃないと描けないと思ったのです」と言ったら、

「ははは、そう。まあ多少その気はあるかもね、皆少しずつあるからね」と言われました。「そうですね、私はかなり男入ってますし」と言ったら「そうだね」って。

ちば先生とは、今では家族ぐるみのお付き合いをする仲になりました。父同士が親しくて、しばしばゴルフをご一緒させていただきました。

ご本人は『紫電改のタカ』『ハリスの旋風』『あしたのジョー』などの大ヒット作からも伝わるとおりの、優しくて、まっすぐな方です。私は「歩く性善説」と呼んでいます。

文/里中満智子

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『漫画を描く 凜としたヒロインは美しい』(中央公論新社)
里中満智子
「男性のペンネームを使った女性のマンガ家だろう」マンガ家・里中満智子が、ちばてつやの性別を勘違いしていた理由_5
2024年1月22日発売
1,760円
単行本・240ページ
ISBN:978-4120057304
1960年代のデビュー以来、数々のヒット作を世に送り出してきたマンガ家・里中満智子。近年は自らの創作のみならず、日本マンガ界を牽引する立場としての活動も高く評価され、文化功労者にも選出された。
「すべてのマンガ文化を守りたい」との想いを胸に走り続けてきた75年の半生を自ら振り返り、幼少期から現代、そして未来への展望までを綴る。
高校生にしてプロの漫画家デビューを果たした著者だが、決して順風満帆ではなく、ジェンダーギャップで叱責をあびたり、読者からの抗議を受けたり、がんを患ったり、まるで朝ドラを見ているような半生が、これでもかと詰められている。顔の広かった著者ならではの、レジェンドのマンガ家たちとのやりとりも、多数収録。
当時を知る人には共感を、当時を知らない世代には新しい発見をもたらす1冊。
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