ラーメン作りをやめられないたったひとつの理由

「この店は兄から引き継いだ大事なお店なんです。スタッフも10名抱えていますし、やめるという選択肢はまったくありませんでした」(井原さん)

『麺や 独歩』は現店主である井原英樹さんの兄・優樹さんが2010年に創業したお店だ。英樹さんと優樹さん兄弟は幼い頃からラーメンが好きで、父は『昭島大勝軒』(2023年2月閉店)によく連れて行ってくれていた。この味が二人の原点である。スープは煮干しベースで麺量も多く、チャーシューも大きい大盛りが売りの一杯だ。

優樹さんは独学でラーメン作りを学び、両親が営んでいた居酒屋で昼の時間帯に間借りし、ラーメンを提供し始めたのが『独歩』のスタートだ。その後、何度か移転を繰り返し、地元・昭島に店舗を構えて復活する予定だった。

その準備をしていた2018年に事件は起こる。

優樹さんが事故により、頭蓋骨骨折と硬膜下出血の重体となってしまったのである。生存率1%といわれる大事故だったが、何とか一命はとり止めた。しかし、優樹さん自身は厨房に立てなくなり、その後しばらくは両親が代わってお店を切り盛りしていた。

そんなときに、立ち上がったのが弟の英樹さんだった。脱サラをして優樹さんの店を引き継ぐことにした。

『麺や 独歩』の「極上魚介中華そば」
『麺や 独歩』の「極上魚介中華そば」

料理経験のほとんどなかった英樹さんが『独歩』を復活させるまでには3年の月日がかかった。知人の紹介で高田馬場にある『博多ラーメン でぶちゃん』の店主・甲斐康太さんに出会い、サラリーマンをやりながら土日に『でぶちゃん』でアルバイトする日々が続いた。

『でぶちゃん』は博多ラーメンの名店だが、英樹さんが『独歩』で作りたいラーメンは兄の優樹さんの出していた、いわゆる“中華そば”だ。修業後に作るラーメンのスタイルが決まっている状態で修業するというパターンは大変珍しい。

「『でぶちゃんの弟子がなぜ中華そば?』と多くの人に言われました。ですが『でぶちゃん』では博多ラーメンの作り方よりも、お店作りやマインド面を主に教えてもらいました。また、(とんこつ以外の)限定ラーメンなども出していたので、いろいろなラーメンを通じてその技法を教えてもらったんです」(井原さん)