手の感覚や匂いを頼りにラーメンづくり


埼玉県北足立郡伊奈町。県道沿いにある店舗は昼どきになると常連客でいっぱいになる。埼玉ナンバーワン豚骨ラーメンとの呼び名も高い「らーめん楓神」の最大の魅力はその豚骨スープ。“呼び戻し”と呼ばれる手法で開業当初から20年、継ぎ足して守ってきた豚骨100パーセントのスープは、濃厚でありながらもスッキリとした味わいだ。

らーめん楓神
らーめん楓神
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黒いタオルを右目を隠すように巻き、厨房で手際よく作業をこなす店主の関根さん。流れるような手さばきでラーメンを作っているが、実は視力がほとんどない。

「分厚いすりガラス越しにものを見ているような感じですね。仕事をするときは、手の感覚とか、匂いを頼りにしています」

関根さんは19歳の時に交通事故に遭い、右目を失明。左目の視力も0.01以下で、障がいの程度が最も重いとされる障害等級1級に認定されている。他にも、複数箇所のヘルニアにも悩まされているという。

「頸椎から腰椎までのヘルニアが6ヶ所ある。炎症熱もずっと出ていて、平熱が38度くらい。事故後、身長は4センチ縮みました」

店主の関根悟史さん
店主の関根悟史さん

そんな状態でも、朝の2〜5時の間には店に来て、スープの仕込みをする生活を続けている。

「うちでは3つの寸胴鍋を使うんです。左が営業用のスープで、右と真ん中の鍋は育てている段階。それぞれの鍋のスープを調合して大体4日かけて店で出すスープが完成する」

濃度の異なる3つのスープをブレンドすることで、豚骨のうま味がしっかりしつつも、すっきりしたスープに仕上がるそう。

「スープ作りって、ドライブみたいなもんです。火力全開で続けるので、止められない。あるタイミングを過ぎて、味が変わったらもう戻せない。だからいつエンジンブレーキをかけるかを考えながら仕込みをする」

〈“視力ほぼゼロ”で挑むラーメン道〉プロボクサーとしてリングに居場所を見つけるも事故…そこから家族を養うため「埼玉ナンバーワン豚骨ラーメン店」をつくった店主の壮絶人生_3

「スタッフが育ってきてくれたおかげで、最近は夜の営業を任せることもあります。でも、スープの様子は必ず写真で送ってもらうようにしています。拡大読書機でスープの熟成度をチェックしてメールで指示を出す。僕の場合、メールを1文字打つにもすごく時間がかかるんで、めちゃめちゃ大変なんですけどね」

日々の生活をラーメンに捧げる関根さん。ラーメン屋を始めたのは、交通事故で視力を失ったことがきっかけだった。

「実は、もともとプロボクサーをしていたんですよ。ラーメン屋になるなんて全然考えてなかった」