「異物であることを恐れず、「書くこと」だけは飽きない二人」逢崎 遊 ×村山由佳『正しき地図の裏側より』_1
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「異物であることを恐れず、「書くこと」だけは飽きない二人」逢崎 遊 ×村山由佳『正しき地図の裏側より』_2
正しき地図の裏側より
著者:逢崎 遊
定価:1,870円(10%税込)

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『正しき地図の裏側より』で第36回小説すばる新人賞を受賞した逢崎遊さんは、六年前の同賞で初めて最終候補となり、今回見事リベンジを果たした。
選考委員である村山由佳さんは、その一部始終を目撃した一人だ。
自身も同賞出身である大先輩が、後輩の胸の内を受け止め、厳しくも楽しい作家道について語り合った。

構成/吉田大助 撮影/目黒智子

不完全という言葉を言い換えると伸びしろ

逢崎 写真撮影の時から優しく声をかけていただけて、ホッとしました。「まだ私と話すレベルじゃない。もう少し修業を重ねてから来なさい」みたいに言われたらどうしようと思って、昨夜は眠れなかったです。
村山 そんな!(笑) でも、そうか。選評の印象があったんですかね。
逢崎 はい。選評は〈欠点を挙げ始めるときりがない〉という文章から始まっていたので、今日は罵詈雑言を浴びるつもりで来ました。
村山 その後のことが言いたかったんですよ。〈欠点を挙げ始めるときりがない〉から始めると、読者さんたちは「えっ、それなのに受賞したのは何故(なぜ)?」となるじゃないですか。
逢崎 僕もそうなりました(笑)。ぜひお伺いしたかったんですが、選考会の様子ってどんな感じだったんでしょうか。今回は神尾水無子さん(『我拶(がさつ)もん』)との同時受賞でしたが、三対三で票が分かれたという話を聞いて危なかったぁと思ったんです。
村山 前回まで選考委員だった阿刀田高さんのかわりに、今回新たに朝井リョウさんと辻村深月さんのお二人が加わったんですね。選考委員の人数が奇数であればいやがうえにも勝負が付いてしまうんですけども、今回は三対三で、どちらも相譲らなかった。選考会はとにかく議論紛糾で、二時間半ぐらい話したんじゃないかな。議論が迷走したわけではなくて、お互いの持論をぶつけ合って埒(らち)が明かない。埒が明かないから最終投票にいきましょうとなったんだけれども、誰も意見を変えない。新人賞の受賞者は一人にすべきだ、それぐらい厳しいものなんだ、という思いはみんな持っていたんですが、ここまで話し合って、どちらの議論にもちゃんとうなずくところがあるのだから、二人を送り出すのがいいんじゃなかろうか、と。これだけ違うタイプの二人を送り出すというのも、この賞の面白いところだと受け取ってもらえるんじゃないかというところで、ようやく埒が明きました(笑)。私が逢崎さんを推したのは……いや、罵倒はしませんよ?
逢崎 今、ちょっと身構えていました(笑)。
村山 神尾さんの作品に関しては今すぐ戦えるというか、例えば文庫本の時代小説の書き下ろしシリーズの中にすっと紛れ込んだりしていても、一定の人気が得られるタイプだと思うんですね。賞の顔というものもあるから、きっちり出来上がっている才能を送り出すことも大事です。その一方で、不完全だし次で消えるかもしれないけれど、可能性を秘めた才能にチャンスを与えることも、これだけ長く続いてきたこの賞の役割じゃないか。不完全という言葉はネガティブに聞こえるかもしれないけれども、言い換えれば、伸びしろじゃないですか。小説的な目配りや技術なんていくらだって後から付いてくるわけで、一番大事なのは、自分が書きたいものはこれだ、と自分自身を牽引していく気持ちの強さだと私は思うんです。逢崎さんの作品は、そこが突出していた。この訳の分からないエネルギーに賭けてみようじゃないか、私はこの人を推そう、という感じだったんです。
逢崎 今日は罵倒されるつもりで来たのに、ありがたいです。
村山 私ね、人当たりはいいんですよ。文章だと、厳しい人になるみたい(笑)。

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取材や想像と経験の境目が見えなかった

村山 『正しき地図の裏側より』は、父親を殺してしまった……というところから高校生の耕一郎が逃亡生活を始めて、日本全国を転々としていく話ですが、小説にしかできないことを表現していると思います。もしこれを映像化したら、耕一郎の心の中の描写など、秀逸だった場面が全部なくなってしまう。例えば、私が一番好きだったのは、ホームレスの先輩で空き缶拾いの仕事などいろいろなことを耕一郎に教えてくれた三浦さんに、大事な時計を取られてしまう場面です。お前、お金も何も持ってないって言ったくせに、あるじゃねぇかと。あそこは、自分が飛び込んだ社会での理屈に屈服せざるを得ない瞬間ですよね。本人としてはすんごく言いたいことがあるんだけれども、外見的には「いいっすよ」とヘラヘラ笑っている。この葛藤や落差は、小説でしか出せないんですよね。
逢崎 その言葉は本当に嬉しいです。そういう小説が書きたいと思っていました。
村山 他にも、これは私には書けないなって思うところがいっぱいありました。小さいエピソードで言えば、耕一郎が寄せ場で働くようになり、定期的に利用するコインランドリーができるんだけれども、そこでみんなが読めるように置いてある「ジャンプ」とか「マガジン」が、ある時から更新されなくなってしまった。もしかしてこれらの雑誌はお店の人が買っているのではなくて、自分と同じように寄せ場で働いている誰かが、読まなくなったものを置いていっているんじゃないか、と。この気付きも面白かったんですが、噂で聞いた大きな事故に遭った人というのはその人で、だから雑誌が更新されなくなったんじゃないか……とさらに考えを進めていきますよね。主人公が置かれている状況は危険と隣り合わせで、何が起こるか分からないというかすかな伏線になっている。地の文章が非常に魅力的なんですよ。本人はもしかしたら普通に描写しているつもりかもしれないんだけれども、「おおっ、この一行はすごい」と思うところがいっぱいありました。
逢崎 今回は、地の文をメインに出したかったんです。以前、出身地である沖縄が舞台の話を書いたことがあるんですが、地の文で沖縄の風土などについて書いているだけで、結構面白いものになっているぞと感じたんですね。沖縄ではない土地のことも書いてみたら面白いんじゃないかと思って、主人公がいろいろな土地を転々とする話にしてみたんです。そうしたら、あまり自覚はなかったんですが、読んでくださった方に評価していただけるような文章がいろいろと出てきました。
村山 最終選考で読ませていただいた原稿から、かなり改稿されているじゃないですか。もともとは「遡上の魚」というタイトルでしたが、元の原稿ではその言葉にまつわる説明が長々と入っていた。それがきれいに消えていました。今のタイトルにしたことで地図の描写が間にたくさん入るようになったことも、この作品にとってすごく良かったと思います。
逢崎 「遡上の魚」はオチに関わってくる部分だったんですが、編集者の方から「オチが弱いんじゃないか」と率直な意見をいただいたんです。そのエピソードを消して、書き直したものを提出したら「いいじゃないですか」と言ってもらえて、めちゃくちゃ嬉しくて。狙ってサーブを打つのも楽しいんですが、返ってきた球をきれいに打ち返すことができた時に、一番アドレナリンが出るみたいです。
村山 それって、自分の作品に対して客観的な目を持たないとできないことです。もう一つ、逢崎さんの作品が素晴らしいなと思ったのは、全編にわたって主人公のリアルな放浪生活が描かれているわけですが、どこからが取材や想像したことで、どこまでが作家自身が経験したことなのか。ヘタな人が書くと、その境目がよく分かるんです。活字の色が違って見えるぐらい、はっきり見えてしまう場合もある。だけれども、この作品に関してはそれがなかった。
逢崎 嬉しいです。さすがにホームレスはやってないんですが……。
村山 いや、それさえもあり得るかもしれない、と思いながら読みましたよ。