『動くと、死にます。』がつないだ縁

退院後も、「死にたい」衝動が消えたわけではない。抑うつが強まると虚しさを感じて何をしても楽しくなくなるのだという。だが、どん底まで落ちた経験をしたことで、やるべきことが見えてきた。

「入院している間、何かできることはあるんじゃないか、やり残したことはあるんじゃないかって、必死に考えたんですね。それで思いついたのが、何か一冊本を書くことだったんですよ」

1年間かけて『動くと、死にます。』を完成させた。お世話になった人には読んでもらいたいと思い、主治医、地活(地域活動支援センターの略。働くことが困難な障害者をサポートする福祉施設)の相談員、地元の当事者会のボランティア、当事者活動でつながったひきこもりの人たちに送った。

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自分で書いた本『動くと、死にます。』を手に持つ小川さん。全部で416ページある

「もっといろんな人に読んでもらうべきだと言ってくれた人やSNSで一気に20~30人に広めてくれた人もいました。じゃあ、ちょっとそれを生きがいにしてみようかなと思って、読んでくれた人に『(この本を必要としている次の)送り先ありませんか』と聞いたりして、これまで100冊以上、ご縁を頼りに数珠繋ぎで送ってきたんです」

主治医が「大人の発達障害」の学会で取り上げてくれたり、学者が大学の論文に引用してくれたり。地元の市議会議員に本を送ったら、その紹介で地元の図書館2館に置いてもらえるようにもなった。

2023年12月には、ひきこもりのイベントに呼ばれ100人近い人の前で講演をした。小川さんは自分の体験を伝え、「動けないことを寛容に受け入れてくれる社会になってほしい」と思いを込めて話した。

ひきこもりのイベント時の小川さんのブースの様子
ひきこもりのイベント時の小川さんのブースの様子

「自分のことを開示して話すことに対して不安はなかったんですけど、とても緊張しました。間違いなく、人生で一番疲れた日になりました。でも、『情けは人のためならず』じゃないですけど、自分のこのわずかな動きが他の動けない人のためになって、それが巡り巡って、僕のためにもなったりすると思うので。

動くと死にたい方向に行くっていうのは、今も確かにありますが、それをギリギリのところでストップさせているのは、この本を広めたいという思いなんです」