「自死する」と警察に通報

まず自殺するための道具をそろえた。首を吊るにはドアノブでは成功率が低いので、ネットで調べて「ぶら下がり健康器具」を購入。縄は簡単にちぎれないようなガッチリしたものを選んだ。

縊死(首吊り)は糞尿が出てしまうと聞くので、おむつも用意する。そのころは家から出ることもできない精神状態だったので、すべて通販で買った。

そこまで用意して、小川さんは自ら警察に通報。母親と一緒に警察署に行き事情聴取を受けた。

「どうして通報を? 本当に死にたいのなら、誰にも言わずに実行すればいいのでは?」

不思議に思って疑問をぶつけると、小川さんはこんな説明をする。

「警察は最後のストッパーだったんです。抑うつが極まっているときって正常な判断ができない状態なので、“自殺の道具を用意したら警察に連絡する”と、自分の中に強い命令として入れておいたんですね」

最初からストッパーを設定するということは、やはり、どこかで死んではいけないという気持ちもあったのだろうか。重ねて聞くと、小川さんは少し考えて、こう答える。

「なんか、そこが僕の変に真面目なところというか、危ない状況になったら脱出する手段も用意しておかなければならないという感覚でしたね。それに、もし、警察に相談しても止めてもらえなかったら、そのまま死ぬわけじゃないですか。自分の死の責任を誰かのせいにしたかったんじゃないかな」

その日は警察署の保護室に留め置かれ、翌日、精神科病院に保護入院した。

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写真はイメージです

親に期待するのを、あきらめた

入院は1か月に及んだ。適応障害のある小川さんが病院とはいえ集団生活に適応するのは大変だった。アトピーが悪化して皮膚からは血が滲み、眠ることもできずに疲弊してストレスは溜まる一方だったという。

だが、悪いことばかりではなかった。

「小川さんはひきこもりのプロですね」

リハビリを担当する理学療法士の男性が、こんな言葉をかけてくれたのだ。その男性との出会いが、一つの転機になる。

「僕はひきこもることで、ようやく等身大の自分に会えたんですよ。でも、自分のような動けなさを抱えた存在は、社会的に無視されているというか、顧みられていないことがとても寂しいなと感じていました。それが、いきなり『ひきこもりのプロだね』と言ってもらえて、すごくうれしかったです。だって、ひきこもっている自分を承認されるってことじゃないですか。

彼に認めてもらえたおかげで、自分の状況を冷静に見ることができるようになったし、日記のような覚書を書く気にもなった。もし彼に出会えていなかったら、入院はもっと長引いていたと思いますね」

退院後の方針を話し合うため、両親を呼んで担当医と面談をしたときのこと。自分の苦しみを理解してほしいと訴える息子に対して、両親が医師に求めたのは叱責だった。

自死に使おうとした縄やおむつを医師に見せて、「叱ってください」と言い張る親の態度に腹が立ち、小川さんは思わず啖呵を切った。

「これがどういう事態かわかっているのか! 親が変わらないと俺は死ぬぞ!」

だが、どれほど悲痛な叫びも、この親には通じない――。

「もしかしたら、親が変わってくれるんじゃないかなという期待を込めて言ったんだけど、言葉だけがスーッと過ぎていきました。ダメ押しですね。もうこれでダメだったら、しょうがないですからね。親には期待しないほうがいいんだと、あきらめがつきました」