家の中はゴミ屋敷状態に
30歳を過ぎるとパニック発作はほぼ出なくなった。どうして治ったのか自分でもわからず、謎のままだという。
「いやあ……、時間とともに治ったんですかね」
ある日、自室を出ると階段下に置いてある電話機が目に入った。山田さんは電話帳で番号を調べて、思い切って保健所に電話をかけた。長年続く母親の奇行がずっと気になっていたからだ。
山田さんの実家は酒屋を営んでいる。母親は店の仕事をしながら家事もこなしていたが、不用品をため込んでしまい、山田さんが高校生になるころには家の中はゴミ屋敷状態になってしまっていた。
「まず古新聞が山のようにある。大事な書類だとか言って捨てないんです。大きなビニール袋にモノを入れて、それもどんどん積み上げていく。中身がわらないから袋を開けてみたら、ソールがはげた靴が入っていた。2、3年前に私が捨てたはずなのに、母親が拾ってきたんですね。そんなゴミばっかりだから、私がもう一度捨てようとすると、母親はヒステリーを起こしちゃう。
ただ、生ゴミは捨てるし、料理もするし、他の家事はきっちりやるので、父親も弟も生活に支障をきたすとわかっていても、大目に見ているというか文句は言わないんですね。私だけが『この家はおかしい』と言い続けたけど、ひきこもりになってからは何も言えなくなっちゃって、家族にしてみたら、『あ、こいつ、おとなしくなってよかったな』と思っていたんじゃないですか」
なので、発作が治まって動けるようになり、最初に取りかかったことがゴミ問題だった。
山田さんの依頼を受けて、保健師が自宅を訪ねてきた。山田さんはゴミだらけの部屋の写真を見せて、懸命に「母親のひどさ」を訴えたのだが、保健師は話を聞いただけで帰ってしまったという。
「見てもらえば、わかってもらえると思ったのに……。どちらがいいとか悪いとか、どうしなさいとか、何も言わないんですよ。それじゃ何も変わらないですよね。逆に、『もう子どもじゃないんだから、嫌ならあなたが家を出て行けば』と口に出しては言いませんが、ひきこもりの自分に対して内心ではそう思っているような態度でしたね」