いじめられても「やめて」と言えず
山田博之さん(仮名=51)は小学生のころから、友だちにいじめられていた。一緒に魚釣りに行くと釣道具を取られたり、お金を巻き上げられたり……。
「遊んでくれる仲のいい子にやられるんですよ。こいつなら盗っても大丈夫だみたいに侮られて。でも、友だちにかまってもらえてうれしいみたいな思いもあったので、『やめて』とは言えなかったですね」
聞いているほうが切なくなるような思い出を、山田さんは穏やかな口調でとつとつと語る。算数が得意だったので、母親に勧められて受験塾に通い、大学付属中学に合格した。入学すると友人関係は一新されたのだが、やっぱり、いじめられるのは変わらず……。
「お前、頭打っているな」
同級生から、くり返しそう言われた。
「頭をぶつけて、頭がおかしくなっているという意味です。衝動的に、言っちゃいけないような変なことを言っちゃうから、すごいバカ扱いされていましたね。小学生のときは同じようなことを言っても、逆に、面白いヤツという扱いだったんですけど。
思春期になってくると、みんな大人になっちゃって、私だけ場の空気が読めないヤツみたいになって。会話にはついていけないし、全然相手にされなくなっていったんですね」
中学3年生のとき、脳に水がたまり開頭手術を受けた。1か月ほどの入院生活を経て学校に復帰。エスカレーター式に高校に進学したのだが、体力がガクンと落ちてしまった。
手術の後遺症なのか体のダルさが続く。高校まで片道1時間かかるのだが、通学するのがやっと。系列の大学にも進まず、高校を卒業するとそのまま家にひきこもった。
パニック発作に苦しんだ20代
浪人して他の大学を受験するつもりで参考書を購入。家で勉強を続けていたが、医学部に行きたいと思ったり、哲学を学びたいと思ったりして、文系か理系かも決められない。結局、試験を受けることもできないまま、時間だけが過ぎていった。
「2浪、3浪になってくると、周囲にどんどん置いていかれる気がして、すごく焦燥感がありましたね。勉強したい気持ちはあるんだけど、悶々としてしまって」
そんな最中、可愛がっていた猫が交通事故で急死してしまった。当時21歳だった山田さんはショックのあまりふさぎこんでしまう。
「友だちもいなくて、猫がかけがえのない存在だったので……」
パニック障害のような発作を起こすようになったのだが、その症状を山田さんはこう表現する。
「感覚的なことなんですが、袋詰めにされて身動き取れない状態で、すごく高いところから落とされて、無重力状態みたいな感じになるんです。発作が起きると、とにかく苦しくて、誰とでもいいから何かしゃべってないと、自分が精神的にもうこっちの世界に戻って来られないんじゃないかって気がして。ふだんはほとんど口をきかない父親にも助けを求めて話しかけたりしました」
激しい発作のピークの時間は20~30分、そうひんぱんに起こるわけではない。だが、次にいつまた発作に襲われるかわからないことが怖くて、何もできなくなってしまった。
「ちょっとでも心を動かすと発作のスイッチが入っちゃうかもしれないから、ずっと爆弾を抱えているような感じでしたね」
これでは発作が出なくても気の休まるときはないだろう。しかも症状はそれだけではおさまらず、なぜか字を読んだり書いたりもできなくなってしまった。
「子どものころから書き慣れている文字、例えば、自分の住所と名前なんかはかろうじて書けました。他にも地名とか2、3文字で意味が完結している言葉はわかるけど、文章になると読めない。意味のある言葉として処理できないという感じでしたね」
精神科に行き薬も処方してもらったが、原因もわからず症状もよくならない。家にひきこもったまま、20代は終わった。