還暦を過ぎてから始める米づくり
もちろん、米づくり1年生なのだから、全てが手さぐりの連続だ。「新米が新米をつくっています」と笑いをとりながら、川口氏は慣れない田んぼ作業に打ち込んだ。
当初は、田起こしするトラクターも、まっすぐに走らせることが難しかった。田植えしたあとには、8月末の台風や大雨で稲がすっかり倒れてしまうハプニングもあった。普通の農家は、倒れた稲をそのまま放っておいて時期がきたらコンバインをかける。ところが川口氏は、稲への日当たりがよくなるように、倒れた稲を一つ一つ束ねて立てた。
田んぼの水の管理も周到だ。水を入れすぎると太陽の光で水が温まってしまい、根が枯れる原因になる。兄の秀明氏のアドバイスで、夏の間には何回か水を抜き、数日後に水を入れ直す作業を繰り返した。そうすると稲は一気に成長する。
そのことを、川口氏は笑顔でこう言った。
「ストレスを与えて負荷をかけて、その試練を乗り越えたときにご褒美(水)をあげると、稲はぐっと成長する。米も人間も育てる極意は同じなんですね。それがわかったときに、米づくりの奥の深さを感じました。だから仕事で東京にいると、田んぼのことが気になって仕方ない」
もちろんこれらの全ての作業は手作業の重労働だ。けれど川口氏はめげない。苦にならない。米づくりが楽しいと言う。
「プロ野球の一流選手は切り替えが早いんです。特に投手は目の前の現実を受け止め、すぐに次の最善策を考えて実践するのみ。クヨクヨしない。めげないんです」
さらにこう続けた。
「みんななんで農業を嫌がるんだろう。こんなに面白いものはないのに。手をかければ植物はきちんと応えてくれる。日々の成長もしてくれる。私たちの仕事にありがとうと応えてくれるんだから、こんな楽しい仕事は他にはないですよ」
自ら掲げた2つ目の夢が、楽しくて仕方ないのだ。