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母の葬儀をきっかけに

コロナ禍が全国に広がっていた2020年11月のこと。

かつてプロ野球広島カープと読売ジャイアンツの投手として活躍し、引退後はジャイアンツのピッチングコーチも務めた川口和久氏(当時60歳)は、母の葬儀に出席するために一家で故郷の鳥取市に帰省していた。

そこには、家族仲の良さを物語るように、一族約40人がしめやかな中にも和やかな雰囲気で集まっていた。そのフランクなやりとりを聞いていて、川口氏の妻淳子さんには、感じるものがあった。

広島・巨人で活躍した左のエースはなぜ60歳を過ぎて故郷・鳥取での地方移住を決意したのか?_1
元プロ野球選手の川口和久さん夫妻
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「改めて家族っていいなと思ったんです。お義母さんの生前ももちろん皆仲良かったし、私にもよくしてくれました。みなさん鳥取を中心に生活されていて、いつもこんな調子で集まっているんだろうなと羨ましく思いました。こんな親戚との関係を娘たちにも味わわせてあげたい。そう思って、思わず夫にこう言ったんです」

――ねぇお父さん、私たち鳥取に移住しない?

淳子さんは思い切って、夫の故郷の鳥取への移住を提案したのだ。一般的に言って、妻から夫の「故郷移住」の提案をしてくるのは珍しい。普通は夫が故郷へ戻りたいと思っても、妻が反対して計画が流れることが多いと言われている。日頃の夫婦仲の良さがこう言わせたのだろうか。

とはいえ、驚いたのは川口氏だった。

確かに故郷に戻れるのは嬉しいけれど、高校を卒業して以来ずっと広島県と東京圏(神奈川県川崎市)で生活してきたから、故郷鳥取の生活に馴染めるのか?

そう思った川口氏は、そのときから月に一度、夫婦2人と愛犬・愛猫とともに、愛車で8時間かけて鳥取に実験的に帰省するようになる。

はたして還暦を過ぎて故郷で暮らしていけるのか―—。不安も大きかったという。

ところが。18歳の高校卒業以来四十数年ぶりの故郷鳥取は、刺激に満ちていた。これまでも実家に帰省することはたびたびあったが、それは「旅人感覚」の訪問だった。今回「生活者目線」で故郷のまちに戻ってみると、親戚との付き合いだけでなく見るもの・やることが全て新鮮だったのだ。

夏は家から5分で、水着のままで海水浴に行ける。趣味のゴルフも海釣りも、移動の渋滞なしですぐにできる。もちろん満員電車に乗る必要もないし、そもそも満員電車が走っていない。