コロナ禍で防衛大学校に起きたこと
等松教授は日本の内外で活躍する政治外交史・戦争史の研究者であり、軍事史研究の泰斗、H・P・ウィルモットの著作の翻訳者としても知られる。そして14年にわたって防衛大学校と自衛隊の諸学校で教鞭をとってきた教育者でもある。
幹部自衛官育成の内情に危機感を持つ教授は「内側からの声だけで改革への道を拓くには限界がある」と痛感し、長年にわたる組織の歪みを指摘した論考を執筆したと語る。
編集部(以下、――) 論考を拝読しました。教授の論点は多岐にわたりますが、昨年3月に卒業した479人の学生のうち任官辞退者(部隊への着任を拒んで、自衛隊を退職した者)が、72人にも上ったという数字は、衝撃的でした。【1】
等松(以下、略):衝撃的なのは、任官辞退者の数だけではありません。卒業した者だけではなく、昨年4月に入学した488人の学生(1年)のうち、約2割にあたる100人近い学生が、入学から1年以内に退校しているのです【2】。また、2・3年生の間に自主的に退校した学生も相当な数に上っています【3】。
――任官辞退者や中途退校者が急増した理由を、いまの若者の「精神的な打たれ弱さ」や「ウクライナ戦争の勃発」に見出すマスコミや識者の論調を、教授は強く否定しています。
現役の教官として申し上げますが、学生たちの多くは「打たれ弱い」から辞めるのではありません。むしろ、優秀で使命感の強い学生ほど防衛大学校(以下、防大)の教育の現状に失望して辞めていく傾向が強いと感じています。
――学生たちと同じように、教授も防大に失望して“告発”を決意なさった?
学生を教育する立場の私が「失望した」と言っては、元も子もありません。防大には今なお、使命感と情熱にあふれた学生と教官がいます。失望したから見捨てる、逃げるのではなく、どうにか真っ当な教育環境を整えたいのです。
――そう決意せしめたのは、コロナ禍に対する防大執行部の対応だったとか。
コロナ禍以前から、自衛官教官として「病人・けが人・咎人」【4】を送り込んでくる、防衛省・自衛隊のやり方に対して、私は内外で批判の声を挙げてきました。そのことで、自衛隊・防衛省、防大に出向してくる防衛官僚の一部から恨みを買っていた自覚はあります。
――自衛官教官とは、防大で「防衛学」の講義を受け持つ現役自衛官のことですね。
はい。正確には「防衛学教育学群」といいます。他の大学にはない、安全保障に特化した科目を教える、防大の看板ともいえる学群です。ここには約40人の教官がいますが、そのうち30名が防衛省内のローテーション人事で補職されている人々です。【5】
「病人・けが人・咎人」は海上自衛隊の一部で使われている隠語で、教育部署に回される自衛官の類型を揶揄して使われているフレーズです。おそらく陸自・空自でも、実態は大同小異でしょう。病人とけが人は、本人だけの責任ではありませんが、咎人は論外です。