「自分から逃げる演技はしたくない」
2021年の全日本では怪我を抱えていながら、高難度のプログラムに果敢に挑み続けた。それで2位を勝ち取り、北京五輪出場をつかんでいる。
「いい演技とか、悪い演技とか、そこは運も含めていろいろからんでくるんだと思います。でも、自分から逃げる演技だけはしたくないと思っています」
スケーターとして戦闘態勢に入った時、その目は燃えるようで、普段の穏やかさとは一線を画す。抜いた刀を何度も振り、敵陣を突き進む苛烈さを感じさせる。ただし、敵意はかけらもない。
二つのメダルを獲得した北京五輪でも、宇野は年下の鍵山優真との親しさが報道されている。先輩風を吹かせていたわけではない。むしろスケーターとして鍵山を尊敬し、学ぼうとし、例えばセカンドループなどを積極的に取り込むと宣言しているのだ。
そして一つの結実があった。2022年3月に挑んだ世界選手権、宇野は見事に大会を制覇している。
FSで宇野は『ボレロ』の完成形を見せる。冒頭の4回転ループを淀みなく降りると、サルコウ、トーループ、フリップと4回転ジャンプを次々に成功。
トリプルアクセルも飛距離が長いジャンプで着氷し、スピン、ステップはすべてレベル4だった。SPに続いて自己ベストの202.85点で1位。総合312.48点で、圧勝で世界王者となった。
「僕は負けず嫌いではあるんですけど、自分のためだけにスケートをするのが得意じゃなくて」
宇野は訥々と言う。
「でも近しい人のためなら、どういう演技で満足してくれるのかわかっているので、リラックスしてできるのかなと思います。ここ数年、なかなか成績が出ないなかでも応援してくださった皆さんや、自分が何もできていない時にお世話になったステファンのために、素晴らしい成績を残したいというのがあって」
彼が世界王者になったのは必然だったと言えるだろう。
無邪気さの中に燃えるような心はある。しかし、そこに敵意は見えず、競争心も薄い。一心にスケートと向き合いながら、自らは苦しさから逃げず、そこに滲み出る楽しさに身を浸し、ふわりと浮き上がるように境地へ達する。
宇野昌磨という生き方を示すことで、世界王者に到達したのだ。
「優勝してうれしいんですけど、感極まって涙を流すことはなかったのは、もっと成長したい、ゴールはまだ先にあるのかなって。それが何か自分でもどこで何かわからないですけど。だからこそ、涙は出なかったんじゃないかなと思います」
宇野の生き方は、真っ直ぐで濁りがない。その純真さが引力となり、観客を渦に巻き込む。そこに彼の「世界」が広がるのだ。
写真/AFLO