力を使い果たせる「才能」

髙橋大輔(36歳、関西大学KFSC)が氷上で滑る姿は、強い引力を持っている。それは彼自身が人生を丸ごと懸けてきたからだろうか。他のフィギュアスケーターたちも体を鍛え、心を整え、あらゆる技を追求しているはずだが、彼の決意は異質だ。

「スケートを生きる」高橋大輔の優しく柔らかく、真っ直ぐな決意。_a
2019年12月の全日本選手権を男子シングルの最後とし、現在、アイスダンスで活躍を続ける

「(髙橋)大輔は(試合の後に)死んだように寝ていることが多くて」

長年、髙橋を指導してきた長光歌子コーチの証言である。

「試合の次の日は、起き上がることができないほどになるんです。本当に死んでいるんじゃないかって、心配になるほどでした。そこまで(力を使い果たせる領域に)“行ける”というのが、一つの才能だと思います。ほとんどの選手はそこまで行けないので」
 
髙橋は命を削るような決意によって、スケーターとして先駆者となっているのだ――。

トリノ、バンクーバー、ソチと3度のオリンピックに出場し、2010年バンクーバー五輪では膝前十字靭帯の損傷から復活を遂げ、日本男子初のメダルを受賞した。

同じく2010年には日本男子初の世界選手権で金メダル、2011年には四大陸選手権で日本男子最多2度目の優勝を飾り、2012年のグランプリファイナルでも日本男子初制覇。次々と記録を突き破って、今の男子フィギュア人気を確固たるものにした。

そのスケーティングは他と一線を画していた。

一つ一つの音を拾うと、指先まで行き渡らせ、物語にすることができた。クラシック、ロック、ニューミュージック、ポップス、ジャズ、マンボ、ヒップホップ…あらゆるジャンルの音楽を、身体中の細胞が反応するように表現。

スケートへの探究心によって、当時はリスクのほうが高かった4回転ジャンプを果敢に跳び、フィギュアを革新させた。

物語は、それで終わらない。2018年には、4年ぶりに現役復帰。すると、同年の全日本選手権で2位に。ブランクの長さを考えたら「快挙」というほかない。

「僕はこれからを見ているんです。現役復帰する時点で、昔のことはすべていいやって決めました。新しく作り直すっていうつもりの現役復帰。過去はすべて置いてきたんです」

 髙橋は敢然と言った。積み上げてきたものが壊れる、という恐れがないわけではなかったという。自分を飾って格好をつけるなら、ストップをかけたに違いない。しかし、彼は凛然と氷の上で生きることを選んだ。

その決断は常に彼自身がしたものだが、その人生は自らが認めているように導かれるようでもあった。