スケートを楽しむとは何か?

しかし悪夢のような世界でも、彼は戦う意志を失っていなかった。苦戦したFSでも、苦手にしていた4回転サルコウに果敢に挑んでいる。ミスが続く中でも自らを叱咤し、少しも手を抜かずに最後まで滑り切った。

その必死さが胸を打ったのだろう。キスアンドクライで得点発表を待つ宇野へ向け、熱を帯びた拍手と合唱が沸き上がった。

「自分一人だったら、泣いていないと思います。あの演技であれだけの歓声を送っていただいて、その嬉しさというか。言葉では表現できない気持ちが出てきました」

涙を流した宇野はそう説明したが、観客と交わす熱い呼吸があった。

「どん底を経験したから、いつもと違う考えを持てるようにもなりました。練習から楽しくできるようになって。できたから楽しい、じゃなくて。跳べなくても、笑っていられるようになりました」

12月の全日本、宇野はすでにステファン・ランビエルコーチと出会っていて、リンクでの楽しさを取り戻していた。FSでシーズン自己ベストを記録し、逆転優勝を達成。

「楽しむ」深淵にたどり着いたのだろうが、それは誰もが行き着けるものではない。真の「楽しむは」、悔しさを覚え、それでも前進し、邂逅があって得られるものだ。

――「楽しむ」とは何か?

その問いに対し、宇野はリンクの外での彼らしく暢気に答えていた。

「うーん、(滑りの)調子が良くて、新しいことがどんどん、なんでもできそうな気持ち!」

ランビエルコーチは、「スケートを楽しめる異能」について以下のように語っている。

「(宇野)昌磨はスケートを楽しめる。厳しい練習の中でも、楽しさを感じられるのです。そして試合ではジャンプだけでなく他の技術点の部分などすべてで、アグレッシブな姿勢で滑ってくれる。それはコーチとしても喜びで」

宇野は自然体で、スケートに取り組んでいる。たとえ苦しんでいるときであっても、気取りはない。おっとりして見えるが惰弱さはなく、言い訳を許さないところに競技者の意地を感じさせる。

リンクの上で不平等はなく、ケガも不運も不条理も、すべてひっくるめて堂々と勝負に向き合えるだけの胆力があるのだ。