令和の3つのテロ事件

――そもそも、論考「安倍元首相射殺事件――令和四年のテロリズム」のもととなる2021年の著作『令和元年のテロリズム』は、凶悪事件を「テロである」と見立てるところから始めようというノンフィクションでした。

『令和元年のテロリズム』は、川崎市登戸新町でスクールバスを待つ児童と保護者の列に包丁を持った男が襲いかかった、いわゆる〈川崎殺傷事件〉を起点として、当初、その事件に影響を受けて起こったと報道された〈元農林水産省事務次官長男殺害事件〉、そして、いまだに裁判が始まっていない〈京都アニメーション放火殺傷事件〉という、平成から令和への改元(2019年5月)直後に立て続けに発生した、それぞれ別の性格を持った3つの事件をあえて〝テロ〟と分析した作品です。

〈川崎殺傷事件〉に関しては、現場で容疑者が自死したため動機はわからないままです。ただ、51歳(当時)の容疑者がそれまでの約20年間、引きこもり状態にあったこと、面倒を見ていた伯父夫婦が高齢のため介護施設への入所を検討、後ろ楯を失ったタイミングで犯行に及んだことなどから、事件をきっかけに、日本社会において顕在化しつつあった引きこもり当事者とその介助者の高齢化問題=「8050問題」が盛んに議論されるようになりました。

『令和元年のテロリズム』を書く上で指針となったのが、小熊英二さんが、編著者を務めた『平成史』で、平成というタームを象徴する言葉として〝先延ばし〟を挙げていたことでした。平成は様々な問題を根本的に解決しようとせず、先延ばしにしてきた時代だったと。

8050問題もその中で生まれたものです。ならば、川崎殺傷事件は、改元というタイミングでそういった先延ばしが限界に達しつつあることを無意識的に告発した〝テロ〟とも捉えられるのではないか。それが『令和元年のテロリズム』の執筆の発端でした。