「整う」より、だらんとした身体を

レジー 宇野さんは現在、HD ホーム社のWEBサイトで『チーム・オルタナティブの冒険』という小説を連載されていますよね。先ほどの「庭」のお話もある種の創作論でしたし、『砂漠と異人たち』でも一部で小説的なアプローチがとられています。今回は受け手としてのお話が中心でしたが、宇野さんご自身もコンテンツの作り手の方へと向かっていきたいという思いがあるのでしょうか。

宇野 それは間違いなくありますね。僕自身やっぱり、現実に毒されすぎていて、現実から切断された言葉を生み出さないと書き手としてもダメになるという感覚があったんです。今回の『砂漠と異人たち』は自分の代表作にするつもりで書いた本なのですが、あえて何の説明もなく、いわゆる批評や評論のトーンとはまったく違うパートをあえて入れました。

レジー ネタバレになるので詳しくは言えませんが、最初に読んだとき「あれっ」となりましたよ(笑)。でもそれでいうと、ファスト教養というのはあらゆる虚構を現実に引き戻そうとするムーブメントと捉えることもできそうですね。どんな文化コンテンツも「ビジネスの役に立つか」でジャッジされてしまうので。

宇野 それは今風に言えば山上徹也の問題でもあるんですよね。彼がやったことは言語道断だというのは大前提として、彼は安倍晋三元首相を殺害して恨みが晴れたところもあるのかもしれないし、社会的な問題提起ができた達成感があったかもしれない。けど、そのことで彼の失われた時間や魂の問題がどうにかなったとは思えないんですよ。

僕は基本的に「個人的なことは政治的なこと」というテーゼは正しいと思っているし、声なき者が声を上げることは無条件に肯定されるべきだと思っています。けど一方で、社会的に声を上げることではアプローチできない領域があるということについては、一文化批評の担い手としてちゃんと言っておきたい。政治的なものに還元できない個人的なもの、現実に回収できないものは当然ですが存在するわけです。そこにアプローチできるのはやっぱり虚構しかないと僕は思っているんですよね。

レジー 「現実的なものに還元できない個人的なもの」、確かに大事ですね。ちょっと卑近なエピソードですが、だいぶ前に飲みの席で、友人が連れてきた大企業勤務の男性と話していたんですけど、何かの拍子に「好きなアイドルとかいますか」という話題になったんです。

そしたらその人が、「そういうのは自分の生活に関係ない」と言ったんですよね。その時に「じゃあお前の生活に関係するものって何なの?」と思ったのが妙に記憶に残っていて。別に興味ないのは全然いいけど、生活に関係するかどうかってそんなに自明な線引きじゃないよなと。

宇野 面白いですね。似たような例ですけど、周囲の友達にサウナ好きが多くて、僕もよく誘われるんです。行ってみると楽しいんだけど、やっぱり自分はランニングの方が合うなとも感じています。何でかっていうと、あんまり「整い」たくないんですよね。

レジー (笑)。

宇野 『砂漠と異人たち』の中で村上春樹のマラソンの話もしてますけど、僕はやっぱり「俺、70歳過ぎても元気だから、京都マラソン完走するぜ」というようなモチベーションではなくて、単にゆるく身体動かしたいだけなんですよね。「整う」ことでパフォーマンス高めてバリバリ仕事するぜ、ってやっぱり自己実現の発想でしょう。

僕はむしろ最大限弛緩したいというか、都市のなかを目的もなく移動したいだけなんですよ。楽しいから。ある意味で、そういうだらんとした感じの主体こそが、新しいものにも出会いやすい「庭」向けの身体でもあるんじゃないかと。

レジー 弛緩している方がむしろ周りに対して敏感になれるということですね。僕自身は「整う」方向に行きがちというか、会社員をやりながら文章を書いて、家族との時間も確保して…とかやっているとどうしても「目的ありきの活動」にならざるを得ないのが悩みのひとつでもあるんです。

宇野さんのおっしゃる「庭」的な身体のあり方というのは、そういう状況に対抗する考え方になり得ますね。最初にお話いただいた「伝わっていなさ」との向き合い方など、今日はものすごく勉強になりました。ありがとうございました。

宇野 いやいや、こちらこそ。やっぱりコロナ禍のここ数年はすごく気が滅入っていて、あんまり世の中に打って出るモードにはなれなかったんだけど、レジーさんの本を読んで「やっぱりこのままじゃ引き下がれないな」って思いました。とりあえずレジーさんとこの先も一緒に仕事ができそうで、僕は嬉しいです。

取材・構成/松本友也

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