記憶を肯定的に上書きする能力

筆者は15年ほど前、かつてのスペイン代表守護神で、2010年の南アフリカW杯で世界王者にもなったイケル・カシージャスにインタビューしたことがある。

――あなたは1999年に決勝で日本と戦ったワールドユースではセカンドGKでしたが、その悔しさが成長につながったのでしょうか?

GKと反骨について質問した時だった。

「いや、僕は出ていたよ。優勝したGKになったんだ」

彼は淡々と答えた。いや、そんなわけはない。記録は残っているし、そもそも日本との決勝戦だったから間違えようがない。しかしいくら言っても、彼は頑として「大会を通してファーストGKだった」と繰り返した。セカンドGK扱いに、やや気分を害したようだった。

カシージャスは記憶を肯定的に上書きしていた。それは無敵のメンタリティというのか。思えばゴールマウスに立った彼は、どんなときもシューターより精神的優位にいた。

それによって、相手の動きを見切った。「ガンマン」と呼ばれた1対1での対峙の強さは伝説的で、相手との間合いに一流ギャンブラーさながらで読み勝って、シュートを止めた。

「意味のない反復練習はしない」

カシージャスはそう言って、集中力を高めることと、メンタルのケアの方を大事にした。自分が100%のメンタルで、相手が少しでも動揺していたら、技術的にも負けない、という理論だろう。もっとも、ほとんどの選手がその領域には入れない。

カシージャスは最高にクレイジーなGKで、「GKの孤独」を楽しんでいるようにすら見えた。GKはディフェンスとの連帯感も求められるが、カシージャスはディフェンダーに対し、少しも容赦なかった。ゴールを守り切るためには彼らを駒のように使い、その役割ができない選手を罵った。そこまでやって、自分が100%を出し切ったら、「すべてを止められる」との自負を持っていたのだ。