賢い若者も政治については「合理的に無知」になる

ここから、有権者にとって合理的なのは「棄権」ではなく、「候補者について何も知らずに投票する」ことだとわかる。そのとき多くの人が使うのがショートカット(思考の近道)で、「知り合いから頼まれた」「テレビで見た」「親の代から投票する政党を決めている」などの理由があれば、候補者選びのコストは大きく下がる。現実には、このように投票する人がほとんどではないだろうか。

賢い人も、政治については「合理的に無知」になる。なぜなら、その時間をほかのこと(仕事や趣味)に使った方がずっと有意義だから。

ここまではいいとして、有権者が「合理的に無知」だとすると、選挙で正しい選択ができるのだろうか。

この難問に対して、「過去の実績を参照する」「争点を絞る」「集計の奇跡(みんなの意見は案外正しい)」などの救済案が唱えられたが、どれもうまくいくとは到底いえない。当たり前の話だが、何も知らずに適当に選んだテレビやパソコンが、自分にとって最善(に近い)などという都合のいい話があるわけがないのだ。

この懸念は、2016年のイギリスのEU離脱を決めた国民投票とトランプ大統領誕生によって現実化した。有権者の政治的無知こそが、ポピュリズムのちからの源泉なのだ。だったらどうすればいいのか。名案はないが、一つだけ確かなのは、無知な投票者が減れば、それだけ「民主的な決定」に近づくことだ。

投票率の低下が「民主主義の危機」として憂慮されている。だが有権者の大半が「合理的に無知」だとすれば、投票率は低ければ低いほどよいことになる。なぜなら、政治家・政党に投票する明確な理由がある人だけが残るのだから。

とはいえ、さまざまな調査で、自分の信念を守るために投票する人たちが一定数いることがわかっている。「コアな投票者」は右と左の極端なところに偏っているので、彼らに任せて「よりよい政治」が実現できるかは、正直、かなりこころもとないものがある。

文/橘玲

『バカと無知 -人間、この不都合な生きもの-』(新潮社)
橘玲
賢い若者だけが気づいている 「バカが多い日本」では投票率は低ければ低いほどいいという矛盾_1
2022年10月15日
1430円(税込)
新書 288ページ
ISBN:978-4-10-610968-3
正義のウラに潜む快感、善意の名を借りた他人へのマウンティング、差別、偏見、記憶……人間というのは、ものすごくやっかいな存在だ。しかし、希望がないわけではない。一人でも多くの人が人間の本性、すなわち自分の内なる「バカと無知」に気づき、多少なりとも言動に注意を払うようになれば、もう少し生きやすい世の中になるはずだ。科学的知見から、「きれいごと社会」の残酷すぎる真実を解き明かす最新作。
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