はるか先を行く背中を必死で追いかけた
だから私は、見知らぬ町を一緒に歩いた日々を、ただひたすら懐かしく思う。陽が沈み、黄昏が消えても、私たちは歩き続けた。いや、はるか先を歩く佐野さんのいかつい背中を、私が必死で追いかけた。
人の死にも、どんな事件にも、“業”を見いだす人だった。喜怒哀楽に流されず、細部に宿る魂を探し求めた人だった。
そんな佐野さんを私は愛した。ときに恨んだ。批判もした。そしていま、寂しくてたまらない。
「安田君よう、どうだい、いっちょやってみないかい?」
仕事を振ってくれたときの佐野さんの声が耳奥に残っている。
ええ、やりますよ。やればいいんでしょ。あなたのことを、いつかきっと書きますよ。あなたがやったように。追いつくことのできなかったあなたの背中を乗り越えるために。
文/安田浩一
さの・しんいち●ノンフィクション作家。1947年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1997年、『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』で第28回大宅壮一賞を受賞。2009年、『甘粕正彦 乱心の曠野』で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『巨怪伝 正力松太郎と影武者たちの一世紀』『カリスマ 中内功とダイエーの「戦後」』『東電OL殺人事件』『だれが「本」を殺すのか』『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』『津波と原発』『あんぽん 孫正義伝』など。