冒頭から道尾秀介との対談
早くも話題を呼んでいる高橋ユキさんの新作『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)の構成は、一風変わった体裁をとっている。新書や単行本に「おまけ」として加えられる「著者とゲストの対談」は、本編の後に収録されるのが普通だ。しかし、本書では開いてすぐに、ベストセラー小説家である道尾秀介さんとの対談〈暗がりに目を向ける〉が始まる。なぜ、対談を巻頭に置いたのか。その理由は、刊行にあたって発表したステートメントに示されているように思われる。
〈わたしは日頃、事件や裁判を取材し、それをいろんな媒体に書く仕事をしています。たまにはインタビューを受ける機会もあるのですが、ひとつだけ、以前からうんざりしていることがあります。
「なぜ傍聴に行こうと思ったんですか?」
何度質問されたか分かりません。
取材を受けると、必ず「傍聴の動機」を聞かれるのです。
「なぜこの事件を取材しようと思ったんですか?」
これも定番です。
だから、こちらも定番のように思ってしまいます。
もしも、私が続けているのがランニングだったら、そんなにいつも「なぜ」と聞かれるだろうか? 絵画が趣味だったら、毎回のように「なぜ」と聞かれるだろうかと〉
高橋さんは常日頃から感じていたモヤつきを、思い切って道尾さんにぶつける。
〈高橋:最近は、ノンフィクションをめぐる表現の限界というか、不自由さを感じる機会が多くて、しんどい気持ちになります。
道尾:物語を魅力的に「加工」できないという意味ですか?
高橋:(…)なんというか、事件にはかならず被害者や関係する人々がいるじゃないですか。一言で被害者といっても、事件に直接かかわる人から、その事件の報道を見て心が傷ついたという人まで、被害者を定義する範囲も拡大しようとすればどこまでも広くなります。人が亡くなった事件を扱っている本について、面白いので、ぜひ買って読んでくださいね、というような言い方は許されません。事件ノンフィクションを「面白い」と言うことに、なんとなく、うしろめたさを感じる。というより、感じているように振る舞わないと許されない雰囲気へのストレスというか〉