ブラッドと目があった!?

次に会えたのは2005年1月。『オーシャンズ12』(2004)で共演したジョージ・クルーニーやマット・デイモンらと来日し、記者会見もジャパンプレミアも賑やかでした。夜、六本木ヒルズのアリーナで行われるレッドカーペット取材。TVメディアがメインのため、紙媒体の記者は屋外でじっと待つのみでなかなか大変です。当時妊娠中だった私は立っているのが辛くなり、アリーナの屋根を支える鉄柱の土台に座っていました。

ちょっと高台になっていたので、レッドカーペットを取り囲むファンたちに握手やサインをしている彼らの姿がよく見えました。20mくらい先にいるブラッドがこちらを見ているふうだったので何気なく手を振ってみたところ、なんと振り返してくれたのです。たぶん、ひとりだけ高いところに座って手を振っていたので目立っただけなのですが、あまりにも予想外だったので鮮烈に覚えています。寒さに震えていたことを忘れるほどでした。

私がブラッド・ピットの前で三段跳びして見せることになった理由_3
ジョージ・クルーニー(脊柱の手術後で首に保護カラーが)、マット・デイモンと華やかにプレミアイベント
©ロードショー2005年8月号/集英社

その後、ブランジェリーナ(懐かしい呼び方!)に、実子シャイロ、双子のヴィヴィアン&ノックスが生まれ、養子のマドックス、ザハラ、パックスら6人の子どもたちを引き連れて大家族で来日するように。ヴィヴィアン&ノックスが生まれた時の貴重な写真が「ロードショー」の表紙になったときは、大きく注目されてうれしかったです(落札に奔走した編集長たちは大変そうでしたが…)。
8人で来日したのは2009年公開の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)で、「ロードショー」はすでに休刊していたので、残念ながらジョリー&ピット一家を生で見ることはできませんでしたが、映画の撮影やプロモーションなどで世界中を大移動する家族の写真を見つけるたびに、親戚のおばちゃんのような気持ちで目を細めていました。とりわけシャイロはブラッドにそっくりで、パパと娘の2ショットは大のお気に入り。今では16歳になったシャイロのダンス動画を見ることができ、月日が経つのを実感する今日この頃です。

と、編集者というよりは一ファンの妄想のようなお話になってしまいましたが、「ロードショー」の一員として取材に行くことがなければ、ブラッド・ピットに認知され(たと思ってい)ることはありませんでした。超超超~個人的な話を長々と綴りましたが、最後は本当に縁があると思えるお話を。
実は、歳は違いますが、私の子供とシャイロが同じ誕生日。神様の采配としか思えない、この上なく幸せな共通点がありました! ま、これも一ファンが勝手に舞い上がっているだけなのですが…。

私がブラッド・ピットの前で三段跳びして見せることになった理由_4
2013年、ロサンゼルス空港でのジョリー=ピット一家。このころは仲睦まじく全員で世界中に旅をしていた。前から、ブラッド、パックス、シャイロ、ヴィヴィアンとアンジー、マドックス、ザハラ、ノックス
© INF/amanaimages

ブラッド・ピット&アンジェリーナ・ジョリー
スパイ・コメディ『Mr.&Mrs.スミス』(2005)共演がきっかけで恋におちると、ブラッドは妻ジェニファー・アニストンを置いて、2度の離婚歴のあるアンジーの元へ。“ブランジェリーナ”“ブランジー”と呼ばれ、華々しいトップスター同士のカップルとして注目された。子供好きのふたりは、アンジーが2002年に養子にしていたカンボジア人男児マドックスに加え、05年にエチオピアから女児ザハラを迎え、06年には実子シャイロ(女児)が誕生、07年にベトナム男児のパックスを引き取った後、男女の双子ヴィヴィアン&ノックスを出産と6人の子持ちに。14年にはキッズに祝福されて正式に結婚、幸せの絶頂と思われたが、19年には破局となった。子供たちはショービズの世界にかかわったり、元気に成長しているもよう。