朝日新聞社を覆う「エリート・特権意識」

――ここまで伺ってきた朝日新聞の保身体質や、権力批判の甘さの背後にある理由は何なのでしょうか?

鮫島 朝日新聞社自身が「エリート」というか、「エスタブリッシュメント」の組織と化してしまっているということに尽きるんじゃないですかね。

いまでは東大生から就職先として敬遠されるようになってしまった朝日新聞社だけど、僕の世代やもう少し上だと、出身大学で一番多かったのは東大なんですよ。当時の東大では、法学部で一番優秀な学生は大蔵省に行きました。二番手は外務省に行ったり銀行に入ったりして。そこに行かなかった層が民間企業に来るんだけど、その中に朝日新聞も入っていたわけで。

そういう層は親が外交官や学者だったりして、いわゆるエスタブリッシュメント(権威)の仲間としての朝日新聞という意識を持っていた。つまり、ジャーナリズムのリーダーというよりはむしろエスタブリッシュメントの一員で、「俺は大蔵省や外務省や東大などのアカデミックの世界の側にいるんだ、賢いんだぞ」というエリート意識を持った人間が多い。

だから本来的には、庶民がどうだという話よりも、アカデミックな外交論を語ったり、ジャーナリズム論や民主主義論も語るのが好きだ、という感じ。そういうことで格好をつけてきたところがある。どこか強烈な自負心を抱いているんです。

――大衆よりちょっと上の目線で世の中を語る、という姿勢があるわけですね。

鮫島 そう。自分は「あの朝日新聞」の記者である、というプライドがあるから、世間から「朝日新聞、ダメね」なんて言われると誇りがズタズタになる。そんなのは許容できない。

それでも少数ながら、「自分はジャーナリズムを守るんだ」という気骨のある記者たちもいて、そういう人たちが調査報道や権力監視によって朝日新聞のブランドイメージを守ってきました。しかしそれもいまや崩壊してしまった。

僕は四国の母子家庭出身の貧乏人で、もともと新聞なんか読んでもいなかった。それでも、ジャーナリズムというのは権力の反対側にいて、そんなかっこいいものじゃなくて、権力に石を投げるものだと思っていたから。最終的にはやっぱり庶民の味方じゃないと意味がないでしょう。

実はアメリカでも、ニューヨーク・タイムズなんかが同じ問題に行き当たっていて。トランプ支持層がニューヨーク・タイムズやCNNが大嫌いだっていうのもわかるんですよ。「なんだよお前ら、エスタブリッシュメントを代表しているだけじゃん」という意識ですよね。

ただし、僕も一歩間違えると「記者はエリートなんだ」という特権意識を持ちかねなかったな、と危うく感じることはありますよ。

――何か原体験があるのでしょうか。

鮫島 新入社員でつくば(茨城県)の小さな支局に配属になってまず驚いたのが、朝日新聞記者の名刺を出すと誰にでも会えることです。普通、22歳とか23歳の若造だと、警察署長なんかには会えないよね。

大学出たての右も左も敬語の使い方もわからないヤツがいきなり「朝日新聞の新人記者の鮫島です」って言ったら、つくば中央署の署長や市長が会ってくれるんだよ。場合によっては茨城県警本部長にも会える。「うぉ~っ、名刺さえあれば誰でも会ってくれるんだ! これはすげぇ特権だ」と思いましたね。

――そうした意識が悪い方向に育って行ってしまうと、「俺はエリート側の人間なんだ」という感覚になるのでしょうか。

鮫島 だから僕も大いに反省する面があるんだけど。そこは正と負の両面がありますよね。偉い人に対して物怖じしなくなるという意味では良いことですから。

――構造的に、目線が権威の側へ同化しそうになり、批判しにくくなってしまうという傾向がどうしてもあるんですね。社会部と政治部の派閥抗争のお話もありましたが、次回はもう少し踏み込んで、政治記者とはどのような仕事なのか、取材はどのように行うのかといった内容についても伺いたいと思います。

朝日新聞社はまるでリアル版『半沢直樹』の世界!?_4
ジャーナリスト・鮫島浩氏


(文責:集英社新書編集部/撮影:野崎慧嗣)

関連書籍

朝日新聞社はまるでリアル版『半沢直樹』の世界!?_5

朝日新聞政治部

オリジナルサイトで読む

『朝日新聞政治部』著者・鮫島浩氏インタビュー【中編】 はこちら
『朝日新聞政治部』著者・鮫島浩氏インタビュー【後編】 はこちら