タイトル戦の前夜祭などで一緒に記念撮影をしたり、面と向かい合って指導対局を受けたり。将棋界は以前から、プロとファンとの間の距離が近い業界として知られている。
2020年、棋士たちとファンとの間の結びつきを一変させる出来事が起きた。新型コロナウイルスの感染拡大だ。イベントや指導対局が相次いで中止になり、一時はほぼゼロと言って良い状況になった。この2年間で失われたイベントや人と人とのつながりは少なくない。
一方で、こうした状況は、SNSの意義を改めて実感させられる機会になったように思う。将棋以外の面でも他人と顔を合わせる機会が少なくなった生活において、オンラインで届く棋士たちの戦いぶりや肉声は、多くのファンにとって心の支えになったことだろう。2020年は藤井聡太が史上最年少の17歳11か月で初タイトルを獲得し、将棋が改めて注目を集めた年でもあった。オンラインでもたらされる将棋コンテンツが充実した時期に、多くの新しいファンが誕生したという点では、タイミングが良かったと言えるかもしれない。
大物棋士参加の理由
コロナ禍以降、「将棋ツイッター界」に2人のビッグネームが参入した。1人目は名人を保持する渡辺明だ。長年、ブログを続けてきたが、2021年9月に新たにアカウントを開設。フォロワーは約6万1千人に達している。ツイートの内容はブログ更新やイベントの告知にとどまらず、神宮球場での野球観戦や趣味のカーリングを楽しむオフショットなど多岐にわたっており、使い慣れた印象を受ける。
そして、もう1人の大物が羽生善治だ。以前からインスタグラムで日常の出来事などを発信していたが、ツイッターでは初心者向けの動画を公開するなど、工夫が感じられる。自宅で飼っているウサギが時折登場するところにユーモアがにじむが、丁寧な文体が人柄を感じさせる。フォロワーは棋士で最多の約25万4千人だ。
2人にもアカウント開設について聞いてみた。渡辺は、
「ブログとは広がり方が違う。リツイートなどで告知がしやすく、ファンの方の声を直接聞けるのがいい」
合理的で、常にファンサービスを意識していることがうかがえる回答だった。一方、羽生の返答は
「事実関係に誤りがないように気をつけている。(使い方は)まだよくわからず、模索しています」
今後どのようなツイートをしていくのかが楽しみだ。
ここまで取り上げてきた面々以外にも、ツイッターを活用している棋士は数多くいる。もちろん、その中には匿名のアカウントもあれば、アカウントは持っていてもつぶやかない人もいる。冒頭の木村一基もツイッターについて、
「アカウントは持っていますが、一度もつぶやいたことはありません」
自分ではつぶやかずに、他の人のツイートを見るだけなのだろう。「あの棋士はアカウントを持っていないから、見ていないだろう」などと思ってはいけない。当然のことだが、ツイートをする際には「あの人が見ているかもしれない」と想像力を働かせることを常に心がけたい。(敬称略)
文/村瀬信也