一度は読んでほしい知られざる名作
そして個人的にオススメしたい作品が『旅の途中』と『まだ、生きてる…』の2作だ。
『旅の途中』は講談社『モーニング』で1997年から連載されたマンガ。主人公は、超高校級の怪物ピッチャー・滝耕助。彼は東京の強豪校をやめて、突如、秋田県の桜館高校に編入する。ここは男子校なのだが、フェンスひとつを隔てたとなりが桜館女学館。耕助は「桜館の女はぜんぶ俺のものだ」と宣言する。
桜館の米は日本一。この土地には今でも尊敬されている殿様の家があり、耕助の家は、その家老筋。元来、日本の農村では性について大らかなものだったが、耕助も「なにを恥ずかしがることがあるのか」というスタンス。
ときに後輩にやりこめられながらも、彼はまた野球をはじめ、桜館の仲間といっしょに甲子園を目指す。この作品はユーモラスで、封建時代の城下町のひだまりのようなゆったりとした時間が流れていて、読んでいてめちゃくちゃ楽しいです。
本宮作品の主人公といえば『俺の空』の安田一平のように、名家の子息で、ムダな劣等感や妬み嫉みで濁ることのない、澄んだ眼を持つ人物が思い浮かぶ。
しかし『まだ、生きてる…』の主人公は、ずばり冴えないサラリーマンの岡田憲三。
38年働いて得た退職金を、妻が勝手に引き出して出ていった。残されたのは口座の残高172円と、離婚届。娘と息子も音信不通。財布の中身は1万6千円。憲三はなにひとついい思い出のない故郷に帰り、山に入って自殺を試みるが、失敗。
「まだ、生きてる…」。「生きる!」ではなく「まだ、生きてる…」。開き直った彼は山で自活をはじめ、自然の中で暮らすが、そうするうちに命のバランスを取り戻していく。そしてやがて、自分と同じように山で死のうとする女性と出会った。
タイマンもない。乱闘もない。どちらかというと小説のような読み口の作品だが、そこはやはりマンガ。最初のころのしょぼくれた、力のない眼をした主人公の「顔」。それがどんどん変貌していく「絵」にグッときます。最後の顔は涙なくして見られません。続編の『まだ、生きてる…2』とあわせて、未読の人はぜひ。
本宮氏は現在、「週刊ヤングジャンプ」で『新グッドジョブ』を連載中。これがなんとウェブトゥーン形式で、スマホ向けの縦スクロール作品なのだ。発表の形自体から「人はいつでも変われる、新しい人生に踏み出すことができる」というメッセージが伝わってくる。これからもどんどん、読む人の胸を熱くする作品を発表されることでしょう。
文/堀田純司
©本宮ひろ志/サード・ライン
©本宮ひろ志/集英社