国民皆保険をよりよくするための「精神的土壌」
綿野 高額療養費は、そういうものがあることを意識せずにすむ国であってほしいし、そういう制度であってほしいと思います。昨年秋に大炎上した朝日新聞の記事にも、そういう主旨のコメントをしました。
西村 「今の患者は高額療養費をまるで空気のように使っている」と言って大批判された記事ですね。
綿野 そうです。なんで患者が自分の医療費を見て反省しなければならないんだよ、と。
西村 自分の医療費がどれくらいかかっているかということくらい、わかりますよね。要するにあの記事で主張しているのは、「私たちの時代は高額療養費を立て替え払いして差額が償還されるまで苦労したのに、今の人たちは上限額まで払えばいいだけで楽をしているのが釈然としません」ということで、身も蓋もない言い方をすれば、現代の便利さに嫉妬しているだけですよね。
綿野 だからあの記事は、患者は医療費削減を意識して治療を受けましょうという主旨ではなくて、治療でこんなに助けてくれている健康保険をもっと大切にしましょう、という方向の主張をするべきだったのだろうと思います。
西村 ちなみに、奥様は今でも治療を継続しているんですか。
綿野 いまも抗がん剤をやっていて、今後何年も薬を飲み続けなきゃいけないですね。でも、妻は負担が比較的少ないほうで、乳がんはステージやタイプによって治療法は異なっていて、もっと治療費がかかる患者さんがいらっしゃいますね。
西村 僕の病気でもそうなんですが、高額療養費が適用されている疾患の治療に派生して皮膚や内臓や循環器などに影響が及べば、それぞれの科で診てもらうことになるのですが、その治療で別の病院にかかると、1件あたりの治療費がそれぞれ月額2万1000円を超えないと、現在の高額療養費制度では合算できないんですよ。
たとえば、今の疾患が原因で循環器の治療が必要になったとしても、治療費がたとえば月額1万5000円の場合だと、高額療養費に丸めることができないので、普通に窓口でその金額を支払う必要があるわけです。本の中では言及しませんでしたが、これも現行制度の大きなバグのひとつです。
綿野 同じ病院でもダメなんですか?
西村 いくつも診療科がある総合病院で会計がひとつなら大丈夫です。問題は、複数のクリニックにかかるような場合ですね。
綿野 うちの妻の場合、なぜか花粉症の薬も処方されていて、何でこれが出されているんだろうと不思議だったんですが、同じ病院だからなんですね。
西村 その場合だと、花粉症の薬も高額療養費の自己負担分にまるめて算入されることになりますから。
綿野 そういう制度のバグがあるわけですね。
お話しさせていだいて、あらためて感じたのは、高額療養費制度は非常に複雑でわかりにくいということでした。しかも、「付加給付」など健保によってそれぞれ違うことが、当事者意識を持つことを難しくしている。
そういった議論の土台も共有できないままに、「世界に冠たる国民皆保険」という言葉だけ一人歩きして、なんかすごくいいセーフティネットみたいなイメージだけがある。でも、実情は、多くの人が病気になると貧困に転落してしまう穴だらけの制度だ、ということでした。
対談の準備のために色々調べたんですが、高額療養費制度についての本って見当たらないんですよね。その意味でも、この『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』の出版は画期的なお仕事だと思います。ややこしい制度をわかりやすく解説したうえで、さらにその問題点をはっきりと指摘している。タイミング的にも今まさに読まれるべき本だと思います。
僕は、制度を維持するためのテクニカルな議論はできませんが、やはりこの制度を社会の側から支える精神的土壌が必要だと思いました。日本に住む人々の「われわれ意識」を作り出していかないといけない。
西村 ありがとうございます。「社会保険料の支払いはもう限界だ」ということが、近年ではあたかもコンセンサスのように思われていますが、冒頭で紹介した幼児や子供の高額薬剤などのように、社会保険方式で皆の出したお金がどこにどう使われているのか、それで誰がどんなふうに助かっているのか、ということが理解されれば、決してこの費用負担は高くはないことが納得できると思うんですよね。
もちろんその前提として、適正に運用されていることが重要だし、低価値医療や無価値医療などを整理整頓できれば高額療養費制度に手をつける必要もないはずです。
月に116円の保険料を削減されてうれしいと思うのか、その金額がそれまで助からなかった子供たちの薬剤や治療に使われるとしても、それでもなお自分の保険料削減を望むのか。医療の「ムダ」を見直すべき面はあったとしても、そのうえで皆が払う社会保険料で社会の皆が助かっている、ということをもう少し理解し合えるようになれば嬉しいですね。誰だって、明日がんだと告知されたりいきなり交通事故に遭ったりするリスクはあるわけですから。
綿野 これから人口が減っていく社会で誰かが負担しなくてはいけないとしても、お互いに助け合うという精神的な土壌の上で議論できればいいですね。
撮影/五十嵐和博














