〈社会主義〉から〈資本主義〉に傾倒した異色の経歴
小川さんは1968年に東京大学に入学した。学生が東京大学本郷キャンパスの安田講堂を占拠し、翌年に警察の機動隊が封鎖解除を行なった東大安田講堂事件の真っ只中での入学である。
このころ中国では文化大革命、フランスではパリ五月革命が起こっていた。世界中で革命が叫ばれていた時期であり、小川さんも積極的に学生運動へと参加していった。
当時の学生運動は社会主義革命と密接に絡み合っており、資本主義体制を倒して階級のない理想的な国家運営を理想としていた。しかし、小川さんは革命を成し遂げることができずに大学を中退。厳しい労働条件の道を自ら選び、港湾労働者となった。マルクス主義における労働者の組織化を目論んでいたと言われている。
1975年にベトナム戦争が終結し、社会主義革命は一つの区切りを迎えた。小川さんは社会主義で飢餓と貧困をなくすことはできないと感じ、資本主義へと傾倒していく。中小企業診断士となり、1978年に吉野家に入社した。
しかし、吉野家は120億円の負債を抱えて1980年に倒産(会社更生法を申請)。小川さんは1982年に「すき家」を展開するゼンショーを立ち上げた。創業当時から「世界から飢餓と貧困を撲滅する」というビジョンを掲げ、事業の発展に邁進することとなった。













