死の恐怖よりも罪悪感

「最初、『がん』って言われた時、いまひとつ、ピンとこなかったんです。でも、『膵臓が原発(がん細胞が最初に発生した臓器)』って分かって調べてみると、『生き続けるのが難しいがん』と知った。まず、何よりも、死ぬことが怖くなりました」

「膵臓がん」と診断された当時の思いを、福積さんは振り返る。一度眠ったら、もう目覚められないのではないか。家族と語らう朝を、もう二度と迎えられないのではないか。

息子はまだ4歳。そのうえ、妻のお腹には、2026年5〜6月に産まれる予定の赤ちゃんが宿っている。

「次の赤ちゃんに会えないかも知れない。結婚して5年、一番幸せな時期に『死にます』だなんて、妻に申し訳ない。自分の中ではすぐに、死の恐怖よりも罪悪感が上回ってきました。今でも、その気持ちの方が大きいです」

最初の兆候は、食欲不振だった。IT関連の会社員の福積さんは、北海道から沖縄まで出張で駆け回り、多忙な日々を過ごしていた。もともと食べることが大好きだった福積さんが、2025年6月のある日、出張先の北海道で異変に気づく。1日でおにぎり1個、パン1個しか食べていない。

「お? これダイエットチャンスじゃね? なんて呑気なことを考えてました。でも、そこから7月中旬まで食欲が湧くことはなくて。9月末に、食欲不振に加えて倦怠感。さらには睡眠障害が始まりました。『ストレスのせいだ、出張が終われば元気になる』ぐらいにしか思っていなかったのですが、その後、動けなくなるくらいの腰痛に襲われて」

食べることが大好きだった福積さん(写真/本人提供)
食べることが大好きだった福積さん(写真/本人提供)
すべての画像を見る

ズキズキというよりもガンガンというような痛みだった。病院へ駆け込むと、診断されたのは「膵臓がんステージ4」。その瞬間から、苛酷な治療生活が始まった。

「もしも僕一人っきりだったなら、“治療しない”という選択をしたかも知れない」と彼は言う。でも、今の自分には、妻や子ども、家族がいる。彼らに支えられている自分にとって、「病に勝たない」という選択肢はなかった。

「家族のために生きたい。家族のためなら、このつらい治療を全部耐えられる。抗がん剤はつらいけど、それでも、頑張れる。僕が生きる理由は家族の存在です」