仕事の「貢献度」に序列はない
目標管理制度は非常に多くの企業が取り入れていますが、文脈依存的に穴を埋め合うような業務を日頃複数人でこなしながら、「評価」と称して突然個人単位で目標を考えさせられたり、はたまたその「でき」を個人単位で振り返らされることに、苦々しい思いをしている人は少なくありません。メーカーならば、技術開発部が偉いんでしょうか?
はたまた顧客に届けている営業が功労者でしょうか? 情けないほど不毛な議論だと皆さんも思うはずです(まぁ現場でも、どっちが〈誰が〉貢献している・していない、と言い争っていたりもするのですが……)。
どっちがどう、ではなく、工場ラインの方々、カスタマーサポート室のオペレーター、物流センターの方々……本当にたくさんのいろいろな方々に支えられて、自分の持ち場(仕事)は存在しています。
みんなで一緒にあーでもないこーでもないと紡ぐ仕事を、評価をするための便宜上、恣意的に個人単位で切り取っているのです。
能力という、組織における「貢献度」の見える化というのは、そもそも仕事の協働性からして、便宜的なものなのです。
他の角度も検討しましょう。『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』という書籍があります。なるほど、確かに『国富論』を著したのはアダム・スミス本人ですが、彼の生活はというと、生涯独身で身の周りの世話は母親がすべて引き受けていたといいます。
つまり、経済学者の活躍も、誰かの地道な仕事のおかげであり、逆もまた然りで、母親はきっと優秀な息子の世話は大変とはいえご自身の存在意義の一つにもなっていたのでしょう。やはり、たった一人の「功績」というのはそうないのだと思えてきます。













