自由の象徴を楽しむ

保釈された日、妻はビールを買ってきてくれた。

事件に巻きこまれる前は、毎晩、缶ビールやサワーを一本は飲んでいた。一日の区切りのようなものとして、炭酸の入ったお酒を飲むことが好きだった。

ところが、横浜プリズンの規則では、中の人はビールを含め、アルコールの入った飲み物は一切口にすることができない。飲みたいと思うことさえ無意味で、そのような欲求はずっと棚あげしていた。

それだけに、外の世界に戻ってきたら、自由をとり戻したことの象徴として、お酒を飲むことをしてみたかった。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)
すべての画像を見る

妻は、私のそんな欲求を見こしたかのように、ビールを買ってきてくれた。しかも、私のお気に入りの「よなよなエール」だった。

軽井沢のクラフトビールで、爽やかながらも芯のある味わいがあり、何より香りがいい。長野県出身の私にとっては、風景の記憶とも結びついていて、ただのビールという以上の存在だった。

事件に巻きこまれる前は、ちょっとしたご褒美や記念日などに、よなよなエールを夫婦で飲んでいた。

長期間の勾留から解放されて再会したこの日に、よなよなエールを買ってきてくれた妻の気づかいが嬉しかった。

乾杯して、飲む。自由の証、再会の証、そして、妻の思いやり――そのすべてが、泡の中に詰まっている気がした。

のどにビールがしみ込んでゆく。人とほとんど話すことがなく、声も出さなかった日々の間に、のども心も乾いていた。炭酸の刺激はきつかったけれど、その痛みすらも愛おしい。ただ、勾留中にアルコールに弱くなっていたせいで、すぐに酔いが回った。

テーブルには、妻の作ってくれた料理が湯気を立てている。

ご飯を食べながら、8か月の間にお互いに起きた出来事を妻と話しあう。それは思い出話というより、欠けていた時間のピースを、ひとつひとつ埋めなおしているようだった。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

私たちの会話を、娘が不思議そうに見つめている。

おびえるようなそぶりはもうない。けれど、私が父親だということが、まだよく呑みこめていない様子だった。

こればかりは、これからの日々を一緒に過ごすことで、少しずつ距離を縮めてゆくしかない。時間の積みかさねが解決してくれることを祈った。

夕飯の後、ずっと楽しみにしていた時間が訪れた。

ひとつは、風呂だ。

横浜プリズンでは、週に2回、1回につき15分間しか風呂に入ることができない。時間帯も選べず、しばしばお湯も使いまわしで、他人の浸かった後の二番風呂だった。

けれど今日からは、毎日、自分の好きなタイミングで、好きなだけ風呂に入ることができる。それに、見ず知らずの他人が使った後のお湯に入らなくていいのだ。

まず妻が娘と風呂に入り、私は娘に保湿クリームを丁寧に塗る。

その後で、私は思う存分、長風呂をした。とり戻しかけていた時間の感覚が、湯気と一緒にまた薄れてゆくようだった。

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

「千と千尋の神隠し」の中で、最初はヘドロのように見えたオクサレ様が風呂に浸かり、体にまとわりついた様々な廃棄物がとり除かれたとき、「よきかな……」とおごそかにのたまい、もとの姿をとり戻す。その気持ちが、とてもよくわかった。

もうひとつの楽しみは、夜9時を越えても、明かりを消さないことだ。

横浜プリズンでは、夜9時になると一斉に消灯されてしまい、監視の目だけが残る。薄暗闇の中では読書もできず、かろうじて家族の写真をうっすら眺めて、一日の終わりを迎えていた。

けれど、いまは違う。今日からは、夜9時になっても電気は消されないし、動きまわっていても注意されることもない。こちらを監視する看守もいない。

光に包まれたまま夜9時を迎えたときは、

――おお、自由の明かりだ……。

とつぶやき、嬉しさをかみしめた。