ベテランぞろい
長期間の勾留生活の中で、私は日々葛藤を抱えながら過ごしていた。周囲の独房に目を向けると、そこにもまた、様々な事情や生きづらさを抱えた隣人たちがいた。
その姿は、ときに理解でき、ときに私の理解を超えていたけれど、たしかにその人なりの人生の重みを表していた。
プリズンという閉ざされた空間で、隣人たちの姿と声は、否応なく私の目と耳に焼きついていった。プライバシーに配慮して特定を避けつつ、ふり返ってみたい。
横浜プリズンの隣人たちは、大半が経験者、つまり過去にもプリズン(拘置所または刑務所)で暮らしたことのある人々だった。入れ墨のある人物はもちろん、後に登場する幻覚に悩まされる人や吃音を抱えた人も、外からはうかがい知れない経験者の痕跡をもっていた。
私がはじめてのプリズン生活に戸惑っていた一方で、彼らの判断と行動には、暗黙知を熟知しているかのように、慣れと知恵がにじんでいた。
たとえば、ある隣人の行動は、私に強烈な印象を残した。
前提として、まず横浜プリズン(拘置所)では、正月にはおせちの折詰が、祝日にはお菓子が支給される。
次に、実刑判決を受けて控訴した後で、控訴を取り下げると、取下げの意思表示をした日から刑期のカウントが始まる。もっとも、実際に既決囚としての処遇と刑務作業が行われるようになるのは、取下げから何日か経ってからとなる。
さて、その隣人は、2018年の末に実刑判決を受け、控訴していた。彼は年末年始を未決(受刑者ではなく被告人)の立場で過ごした後、年明けの1月11日、三連休の前日である金曜日に、
「控訴を取り下げます」
と申し出た。そして連休明けに、既決囚として去っていった。
こうすることで、この隣人は、正月のおせち、三が日のお菓子と成人の日(1月14日)のお菓子にありついた。その一方で、成人の日を含む三連休を刑期にカウントさせることで、いわば「おいしいとこ取り」を実現したことになる。
舌を巻いたのは、「三連休の前日に控訴を取り下げる」という行動だ。
まず彼は、「控訴を取り下げると、その日から刑期のカウントが始まるものの、既決囚としての処遇と刑務作業は何営業日か後から始まる」という制度と運用とのタイムラグを知っていた。
これだけでも経験者ならではの(悪)知恵だけれど、彼のすごさはまだある。
素人だったら、連休を既決囚として過ごすということの居心地の悪さに耐えられない。連休の間に気持ちの整理をつけてから、休み明けにようやく控訴を取り下げるという人もいるだろう。
ところがその隣人は、連休が刑期に算入されるという実利を優先して、三連休の前日に、何でもないような口調で「控訴を取り下げます」と申し出たのだ。
情緒よりも実利を選び、制度と運用との隙間を淡々と利用する。そこにあるのは、プリズンの経験者ならではの冷静な計算だった。
その玄人なふるまいに、私はうなった。ちなみにその隣人には、入れ墨があった。













