スポーツ・ウォッシング

最後の断片として記しておきたいのは、核被害に対してさえ、いわゆる「スポーツ・ウォッシング」(スポーツによる洗脳)と呼ばれている現象が及んだ事実のことだ。

あったことをなかったことにする最も強力な武器。

それがスポーツであって何の不思議があろうか。アメリカでの国技のような位置づけがフットボールであることは言うまでもない。2025年7月、アメリカの公共放送PBSで放送されたドキュメンタリー番組『アトミック・ボウル:グラウンド・ゼロでのアメリカンフットボール̶̶そして現代の核の脅威』(グレッグ・ミッチェル監督)には戦慄を覚えた。

長崎への原爆投下からわずか4カ月後の1946年1月1日、長崎市内の被爆跡地中学校グラウンドで、著名選手を含むアメリカ人選手たちによるフットボールの試合が行われた。にわか仕立てだが、諫早タイガーズ対長崎ベアーズというチーム名もついていた。

その中学校では原爆投下によって162人の生徒と13人の教師が犠牲になった。

長崎平和公園 (写真/Shutterstock)
長崎平和公園 (写真/Shutterstock)
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グレッグ・ミッチェル監督は綿密な取材によって、ついにその試合参加者を探し当て、遺族から貴重な証言や写真を入手した。このアトミック・ボウルについてはアメリカの軍事史からもスポーツ史からも消されかけていた。ジャーナリズムがそれを掬い上げた。

後年アメリカの作家カート・ヴォネガットが雑誌のインタビューで語っていた。「この国による、奴隷制度に次ぐ最も人種差別的で卑劣な行為は長崎への原爆投下である*4」。

あったことをなかったことにされることに作家、ジャーナリストが抗い続けずに、誰がものを言うのか。

文/金平茂紀


*1
 2025年9月17日、311子ども甲状腺がん裁判第15回口頭弁論の法廷(東京地裁)において、原告八番の女性が意見陳述した。傍聴取材をしていて、こころを揺さぶられた。
*2 
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/2024/067/067_003.pdf

*3 デンマーク在住のアーティスト・竹内としえ氏からの教示による。

*4 以下の記事にヴォネガットの長崎原爆についての発言の記載がある。https://wagingnonviolence.org/cnv/2019/08/vonnegut-on-nagasaki/

原発回帰を考える 3.11から15年目の大転換
著者:吉田 千亜、桐野 夏生、鈴木 達治郎、朽木 祥、浅田次郎、野上 暁、橋爪 文、青木 美希、落合 恵子、吉岡 忍、金平 茂紀、ドリアン 助川、編者:日本ペンクラブ
原発回帰を考える 3.11から15年目の大転換
2026年2月16日発売
1,210円(税込)
新書判/256ページ
ISBN: 978-4-08-721399-7

原発新設方針に大きく舵をきった日本政府。
原子力と日本の未来をいま一度問う

原爆被爆から80年の2025年、日本政府は原発新設方針に大きく舵を切り、核活用拡大に転じた。
原発低減・再生エネルギー最優先をやめるという、3.11の原発事故以降最大の方針転換だ。
2026年3月は、福島第一原発事故からちょうど15年。レベル7のあの事故からたった15年で原発回帰へ。
大転換の背景にいったい何があったのか。そもそも地震国日本で原発は可能なのか。
原発事故以降最大のこの政策転換に、我々は今何を学び、何を考え、何をすべきなのか。
原子力と日本の未来について、作家、ジャーナリスト、詩人、研究者らが思いや提言を熱く語る。

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