「直言の人」、「予言の人」としての森永卓郎
──『森永卓郎の戦争と平和講座』(以下、『戦争と平和講座』)は、ウェブマガジン「マガジン9」に長年連載された森永さんのコラム38篇を収録しています。リーマン・ショックに始まり、民主党政権の誕生、普天間基地移設問題、消費税増税、自民党への再びの政権交代とアベノミクス、集団的自衛権と安全保障関連法案、コロナウイルスの感染拡大など、トピックはさまざま。飯田さんは、お読みになってどのような感想をお持ちになりましたか?
飯田哲也(以下、飯田) まず、私と森永さんの関係についてお話ししておくと、直接のお付き合いはありませんでした。一度だけ、森永さんが『「マイクロ農業」のすすめ』(農文協)を執筆されていたときに、分散型エネルギーについて教えてほしいと問い合わせがあったので、ご協力したことがあります。
もう20数年前のことになりますが、よく覚えているのはベストセラーとなった『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)です。この本が出たときには、私は「日本はそこまで貧しくならないだろう」と思っていました。
しかし、今となってはかなり多くの人がそういう暮らしを強いられていますよね。森永さんは、そういう先を読む慧眼をお持ちの方だという印象がありますね。
それをふまえてひとつひとつのコラムを読んでいくと、どこかの組織に属していては言いにくいことをズバズバ、ズケズケと書いておられる(笑)。信念をもってその時々に言うべきことを言われているという、「直言の人」という印象を全体に持ちました。
2008年以降の自分の思い出、福島第一原発事故以降は古賀さんとご一緒する機会が多かったですが、そういうものを振り返りつつ、同時代に「孤高の人」として森永さんがいらっしゃったんだなということを実感しました。
古賀茂明(以下、古賀) 本の中身としては2010年代に関わることが多いんだけど、今から考えると、その時期に起きていたことが今日にすごく影響を与えていますよね。
たとえば、福島の原発事故。事故の直後には「もう原発はやめよう」と盛り上がったんだけど、また原発に戻っていくという過程が10年代。それで、そのまま今に来ちゃっている。事故当時は民主党政権でした。日本がいい方向に変わるかなと思ったら、本当に皆ががっかりさせられて、また自民党政権に戻り、第二次安倍内閣からまた日本の国のかたちが大きく変わった。今、高市首相によって、その最終決定打が放たれようとしている感じですよね。そういう意味で、10年代というのは非常に重要です。
飯田さんもおっしゃったけど、森永さんの意見は、最初それが書かれたときには、何だか荒唐無稽なことを言ってるなというふうに見えるんですよ。でも、それが後になって、「あれ? 本当になっちゃうぞ」となる。そういう意味で、森永さんは「予言の人」だったという気がしますね。指摘する時期がとても早くて、予言としてのスパンが長いのが特徴です。
──具体的にコラムを挙げていただくとすれば?
古賀 たとえば、2008年12月の「米国との関係を真剣に考えなければならない」。今から18年も前に書かれていますが、「米国は、これからは世界経済の中心の国ではなくなり、ローカルの国になっていくだろう。米国の覇権は軍事面だけで続いているのだ」と。その時点でもう、経済覇権は失うと言っている。そして、米国は日本を守れるのかという問いを立てて、もし米国依存をやめるとして日本はどうするのか、本当に自国で防衛をするのか、そういうことをしっかり考えなくちゃいけないとも主張しています。
そして、そこからサッと結論へ移って、「日米同盟をゆるやかに廃止していき、駐留米軍に撤退してもらう」と踏み込んでいます。これは、よく言ったなと思うんです。共産党の主張ならびっくりしないですけど、森永さんは当時テレビにもしょっちゅう出ていたし、さまざまな発信の場を持っている人がいきなりこんな主張をすると、「何事か!」となりますよ。それをこんなに早く、はっきり言っているのが非常にいいなと思いますね。
飯田 極めて直截な書き方をされますよね。
古賀 そう、そしておもしろいのは、彼には「国に頼る」という発想がないこと。だから、「年収300万円で生きようよ」という主張をする。国や政府を何とかして変えてやろうというより、そういう連中にはさっさと見切りをつけるという考え方なんですよね。
私は、『戦争と平和講座』でも言及されている菅原文太さんとは生前に親しくさせてもらったんですけど、菅原さんの発想がまさに同じなんです。「古賀さん、これからは農業ですよ。政府がダメだし、日本はもうダメになる。そうしたら最後、生きるために食い物が必要なんだ。だから農民が一番強いんだよ」って。
それで、俳優業をパッと引退されて、山梨県で奧さんと農業をされていましたね。国家というものを信用せず、自立心がある。単に反抗的というのとは違うんですよ。森永さんもそういうのが好きだったんじゃないかな。
僕は最近、飯田さんみたいな人と組んで、どこかの島にエネルギー自給の独立国を作りたいなって考えることがあるんですけど(笑)、それなんかも森永さん的発想だと思うんですよ。
飯田 ふふふ(笑)。コラムの中には、古賀さんと私に共通の体験に関わるものもありますよね。大阪市長時代の橋下徹さんに対して、森永さんは非常にストレートな危機感と批判を書いてらっしゃいます(「橋下旋風に潜むリスク」 2012年1月)。
大阪府市エネルギー戦略会議に一緒に参加していた頃、我々は橋下さんの人気を使って、原発を止めようと考えていたんです。橋下さんと当時の滋賀県知事の嘉田(由紀子)さんとで、あと一歩で大飯原子力発電所の再稼働を止められるところまでいったんですが、最後に橋下さんがコロッと寝返っちゃって、煮え湯を飲まされた。
そういう危険なところも、森永さんはきちんと鋭く、まっすぐに指摘していますね。今から見れば、あれこそ維新がどんどん変質していく流れの始まりだったように思えます。
もうひとつ印象に残っているのが、コロナ禍について書かれた「新型コロナウイルス感染拡大は引き金にすぎない」(2020年3月)。森永さんはサイエンスの方ではないけれど、しっかりPCR検査をしないといけないということを分かっておられた。当時も今も、日本ではPCRはできないっていう「神話」がある。
厚労省の医療官僚の最初の失敗を覆い隠すためなのか、なぜ検査ができないのかわからないんですけど、そのあたりのことも本質を見てしっかり指摘されていましたね。
それと、コラムに「トリクルダウン」という言葉自体は出てきませんが、富裕層や大企業が潤えばそれが低所得層にも落ちてくるというアベノミクスへの批判もありますね。トリクルダウンって本当にいかがわしい言葉なのに、安倍政権のときはそれがあたかも経済が豊かになるまっとうな流れだとされていた。そうした権力者のフィクションを切り裂くようなかたちでしっかり声を上げて指摘されるところが、森永さんらしいなと思いました。














