あったことをなかったことにされてたまるか

福島第一原発炉心溶融事故からまもなく15年を迎えようとしている。

この間「あったことをなかったことにする」人々とあまりにも多く遭遇してきた。おそらく事態があまりにも深刻なので正面から受け止めることができないのかもしれない。

当初はそんなふうに「好意的に」考えていた。だがその後の歳月の経過の中で、事態はもっと意図的なふるまいの集積の結果なのかもしれないと考え直さざるを得なかった。考えてみようではないか。国が民を信じずにどうするというのか。

民に対して、放射線量を隠し続けたのはなぜなのか(SPEEDI=緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムの情報が公開されずに活用されなかったケースは、多くの教訓を残している)。あの事故は、この国の、国と民との関係があられもなく露呈した悲惨な事態だったのではないか。

今でも思いだすのは、あったことをなかったことにするという点では、朝日新聞社のいわゆる「吉田調書事件」が突出している事例だ。

あった記事をなかったことにするという、ジャーナリズムの自殺行為に匹敵する出来事であったという僕個人の認識は今も変わっていない(詳しくは『いいがかり原発「吉田調書」記事取り消し事件と朝日新聞の迷走』七つ森書館、2015年)。

事実究明より組織防衛。大組織であればあるほど、その症例は頻出する。

そんな中で、NHKの「ETV特集」の取材精神は特筆に値するものだった。『ネットワークでつくる放射能汚染地図』(2011年5月放送)。

NHKの幹部たちが、取材活動を停止して30キロ圏内からただちに退去せよと、記者やカメラマンたちに命令を出していたその時に、放射線衛生学者・木村真三氏とともに、30キロ圏内を含めて福島県内の各地で放射線量を測定し続けた取材活動と放送番組の内容は、今現在においても金字塔と言っても過言ではない。

あったことをなかったことにされてたまるか。

その思いがディレクターたち(大森淳郎氏や七澤潔氏ら)を突き動かしたのだろう。

福島第一原発 (写真/Shutterstock)
福島第一原発 (写真/Shutterstock)
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「復興」を名分とした福島版ショック・ドクトリンのありようについて付言すると、いわゆる「福島イノベーション・コースト構想」が、あったことをなかったことにする壮大なブレイン・ウォッシュの骨格であり、F─REI(福島国際研究教育機構)と称する個々の事業計画に沿って巧妙に進められていくのだろうと思われる(本書所収のジャーナリスト吉田千亜氏による論考が、日本における最も精緻な報告となっている)。

すでに福島の原発事故後の復興のあり方について批判的所見を述べるだけで「風評加害」だのと攻撃に走る学者・専門家・ジャーナリストたちが蝟集する異様な光景がみられる。

彼ら彼女らにとっては、「311子ども甲状腺がん裁判」を起こす人々はとんでもない輩としか映らないのかもしれない。実際に健康被害が出ているからこそ、彼ら彼女らは司法の場に切実な思いから救済を求めているのにもかかわらず*1