第7次エネルギー基本計画
あったことがなかったことにされたというケースで、歴史に残るほど最も露骨で醜悪だと僕が位置づけているのは、政府が2025年2月18日に閣議決定した「第7次エネルギー基本計画」なる代物である(本書所収の鈴木達治郎氏による論文で精緻な検証作業がなされている)。
福島第一原発事故以来、エネルギー基本計画に必ず入っていた「原発依存度を可能な限り低減する」との表現が突如抹消された。それどころか脱炭素電源として「原発を最大限活用する」と明記された。脱原発依存の考えを放棄することは、すなわち福島の教訓を忘れ去るということではないのか。
まさにあったことをなかったことにするということではないか。
この計画の策定中の2024年1月に、能登半島地震が起き、原発事故の避難計画の危うさが露呈したし、何よりも、核廃棄物の最終処分場を設営する見通しもたっていない。
福島第一原発の廃炉作業完遂の目標は遠のくばかりだ。それでも彼ら、彼女らは、あったことをなかったことにしてでも、目先の利益の追求と自らの保身に励みたいのだろうか。
個々の人間の卑小で利己的な欲望のありのままの姿と言ってしまえばそれまでだ。
このエネルギー基本計画策定には多くの有識者、学者らが審議会、調査会などを通じて見解を述べたことになっている。
しかし実際の流れは、既決の基本計画案が「了承された」という形だけでも整えておく仕組みとなっていたのである。どんな人物たちが審議会や調査会、委員会に参加したのか。そこでの審議なるものはいかなるものであったのか。取材したところ、調査会分科会参加者ひとりの発言時間は3分以内という決まりごとのようなルールがあったのだという。
相互の意見交換は不可。
エネルギー基本計画の実質的内容を決めた資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会の「親委員会」と言われる分科会が「基本政策分科会」だ。
その委員会名簿が今、僕の目の前にある*2。この計16人の委員の関与によってつくられたことを市民は知っておく必要がある。16人の委員の中で、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現が基本計画から消えることについて、疑義を呈した者は村上千里委員ただ一人だけだった。













