兄を支えた秀長の能力

秀長の兄、秀吉の軍事の特徴はまず第一に「兵を動かす」ことにあった。とにかく兵隊を動かさないことには、そもそも軍事ははじまりません。それが第一歩であり、最後の目的でもある。秀吉は兵を動かすことによって明智光秀に勝利を収め、柴田勝家も下します。

そして第二の特徴が「兵も人である。戦いは人が行うものだ」という感覚をしっかりと持っていたところ。戦いは人が行うものである。そして人は食べないと働くことができない。つまり食糧をきちんと用意しないと戦いはできない。

そのため秀吉の軍隊では、「食べる物は現地で調達しろ」ではなく、どうやって食糧を調達し、いかに補給を行うか常に考えるようになっていました。食糧だけではなく、たとえば鉄砲のような装備をどう調達するかなど経済的な側面も大きな課題となっていたことでしょう。

写真/shutterstock 写真はイメージです
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そういった任務をこなすのは、戦場で槍を振り回すだけの人間には難しい。現代のサラリーマンのような、デスクワーク的な実務能力が必要になります。

おそらくですが、その点で秀長という人はすごく役に立ったのではないか。ただ、これについてはあまり積極的な史料がありません。史料はないのですが、傍証のひとつとしては、秀長という人は軍事において、そんなに目覚ましい働きをしていません。たとえばどこかの城を取ったとか、獅子奮迅の働きで敵の部隊を破り、勝利をもたらしたとか、そうした話はないのです。あの人は武勇にすぐれている、という評価も見当たりません。

しかし、秀吉という人は何しろ能力主義の人です。「弟だから」という理由で領地を与えるほど甘い人ではない。しかし秀長に対しては、実際に大きな領地を与えています。となると秀長はやはり優れた能力の持ち主だった。そしてそれはおそらく槍を持って奮闘する能力ではなく、後方で軍隊を支える任務において発揮される能力だったと思われます。

秀長の戦歴を見ていると、留守番部隊を務めることが多い。留守番というと凡将でも務まりそうですが、実は一番信頼できる人間が任されるものなのです。

秀長は後方で軍隊を支えることに優れていた 写真/shutterstock 写真はイメージです
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これはたとえ話になってしまいますが『三国志』でも曹操が遠征に出るとき、本拠地を任せるのは誰かというと、参謀グループトップの荀いく(じゅんいく)。いっぽうの劉備も蜀で皇帝に立った後、都の成都を任せたのは、あの諸葛孔明です。

荀いくにしても、諸葛孔明にしても、軍隊に帯同して奇手奇策をひねり出し、敵を翻弄する話はあくまでファンタジーです。一番大切な役割はトップの留守をしっかり守ることでした。逆にいえば、信頼して留守を任せられる人がいるからこそ、トップは安心して戦争に出かけることができる。

秀吉にとっては秀長が、そうした人だった。秀長の存在は秀吉にとって非常に大きいものだったといえるでしょう。

『豊臣の兄弟 秀吉にとって秀長とは何か』(河出新書)
本郷和人
豊臣の兄弟:秀吉にとって秀長とは何か
2025/10/28
990円(税込)
200ページ
ISBN: 978-4309631943
本能寺の変で信長が討たれた直後、奇跡の「中国大返し」を果たしてみせた秀吉。
彼はなぜ、天下人になることができたのか――?
そのかたわらに、弟・秀長がいたことの意味とは――?
生い立ちから、華々しい戦績をもたらした思考法、秀吉の非常識ぶり、それを支えた秀長の手腕まで……
東京大学教授が、天下を獲った兄弟の実像、豊臣政権の本質を徹底解説。


【第一章 秀吉の何が、他の武将と違うのか】
若き秀吉の放浪時代/不明の人、秀吉/「家」が理解できない秀吉/武士の原理に従わない秀吉/デスクワークを重視する秀吉/異次元の人材評価/常識が通用しない秀吉/「血」と「家」は別……

【第二章 戦う秀吉は、なぜ強かったのか】
墨俣一夜城の伝説/竹中半兵衛は本当に名軍師?/近江長浜時代の大失敗/信長が変えた「戦争」の意識/戦うのも人間である/「兵站」にもとづく秀吉の戦術/「本能寺の変」は必然だった?/軍隊移動の名手、秀吉/秀吉の非常識が、光秀の常識を覆す/秀吉の戦術を逆手に取る家康/なぜ秀吉は大盤振る舞いするのか……

【第三章 天下人 with 秀長】
秀長、歴史に登場/戦国の、リアルな土地感覚/当時の百万石は百万石もない!? /まだあった「領有」の曖昧さ/本能寺から天下人へ。秀長の大功績/兄を支えた秀長の能力/難治の国を見事に統治/行政、内政のスペシャリストたち/秀長の健康悪化と有馬温泉/家康上洛。外交担当者としての秀長/秀長はお金に汚い?/大和大納言家の終焉……

【第四章 豊臣政権とは何だったのか】
秀吉がふたりいる?/兄弟が並び立つための条件/秀吉は徹頭徹尾、軍事の人/秀吉家臣団の報酬/家康の家臣団は古典的/家康にもいた三成タイプ/「家」のヴィジョンがない秀吉/天下人 without 秀長/京都の権力者、秀吉/天下布武には興味がない/大陸進出の真実……
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