うつ病の予防が可能になる可能性も

Cさんは中等症のうつ病と診断され、医師から脳腸相関についても説明を受けました。そして、休職と抗うつ薬、下剤の服用を開始しました。すると、約2週間で睡眠状態、便通ともに改善が見られ、同時に仕事への意欲も少し戻ってきたため、医師に「職場復帰がしたい。薬もできれば早めに中止したい」と話しました。

すると医師からは「下剤は症状に応じて中止しましょう。しかし、いま復職や抗うつ薬の中止をするとうつ病の再発のリスクが高い」とのことで、次の提案がされました。

「当面は抗うつ薬の服用を継続する必要があること。戻ってきた意欲をウォーキングなどの運動と、写真撮影などの趣味の時間にあてること。ひき続き規則的な生活習慣を心がけること。便通もうつ病の指標のひとつとして観察すること」。そのうえで、「十分に休養がとれて改善したと判断できれば、産業医と復職に向けて話し合いましょう」。

Cさんはこれまでも、仕事が忙しいときには睡眠や便通の状態がくり返し悪化していたことを思い出し、「焦らないで医師の診断に従おう」と考え直しました。そしてさらに半年過ごすと、うつ症状、睡眠状態も改善して便通も安定したため、産業医とも相談して職場復帰となりました。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
写真はイメージです 写真/Shutterstock
すべての画像を見る

「腸内細菌叢を整えるとうつ病は改善するのか」という質問を受けることがありますが、その点の詳細はまだ明らかになっていません。ただ、将来的には、腸内細菌叢の状態を測定するとうつ病のリスクが判明し、プロバイオティクスやプレバイオティクスを用いてのうつ病の予防や治療が可能になるかもしれません。

*1 Simpson CA, Diaz-Arteche C, Eliby D, et al. The gut microbiota in anxiety and depression‒ a systematic review. Clinical Psychology Review. 2021; 83: 101943.

*2 Hooper LV, Wong MH, Thelin A, et al. Molecular analysis of commensal host-microbial
relationships in the intestine. Science. 2001; 291(5505): 881-4.

*3 Cani PD, Amar J, Iglesias MA, et al. Metabolic endotoxemia initiates obesity and insulin
resistance. Diabetes. 2007; 56(7): 1761-72.

「考える腸」が脳を動かす
菊池 志乃
「考える腸」が脳を動かす
2025年10月17日発売
1,100円(税込)
新書判/200ページ
ISBN: 978-4-08-721384-3

脳と腸は互いに影響し合っており、これを「脳腸相関」と呼ぶ。脳と腸をつなぐ経路には「神経系」「内分泌(ホルモン)系」「免疫系」があり、近年では「腸内細菌叢(腸内フローラ)」が深く関わることもわかってきた。これにより、胃腸のストレス関連不調に「認知行動療法」という新たな心理療法の道が開かれつつある。その研究者である消化器病専門医が、脳腸のしくみや過敏性腸症候群、糖尿病、肥満症、アレルギー、さらにはうつ病やアルツハイマー病との関係などについて最新の知見を示しながら、日常に役立つセルフケア法をわかりやすく伝える。

【主な内容】
・腸は自ら働く
・脳と腸は自律神経でつながっている
・排便時に「脳腸回線」が絶妙に働く
・ストレスホルモンは脳とせき髄を通して胃腸の不調を引き起こす
・腸内細菌は脳の免疫細胞にも関わる
・脳と腸の連絡を活発にするのは「腸内細菌」
・幸せ物質「セロトニン」の90%以上は腸でつくられる
・過敏性腸症候群の「認知行動療法」の実践法
・自分で脳腸相関を改善する方法はあるのか?

amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon