Qに対する回答部分は、答え内で太字にしています。
Q1 腸内細菌には「やせ菌」「でぶ菌」がいる?
答え 患者さんだけでなく医学生からも多いのがこの質問です。結論からいって、この考えかたはいまでは正確でないことがわかっています。
そもそも、腸内細菌がヒトの心身に影響を与えるという考えかたが世界的に注目を集めたのは、2006年にアメリカのワシントン大学のゴードン博士らが、世界の科学界で権威のある雑誌『Nature』に発表した研究がきっかけでした。
それには、腸内細菌が肥満に関係していること、肥満の人の腸内細菌を無菌状態のマウスに移植すると太ること、肥満の人やマウスにはバチロータ門(旧称ファーミキューテス門)に属する菌が多く、一方で別の種類のバクテロイドータ門(旧称バクテロイデス門)に属する菌が少ないことが報告されました*1(菌の分類名のうち「門」の呼称は2021年に国際的に統一されました。ただし日本では現在も旧称が広く使われ、カナ表記も一定ではありません。本書では、主に腸内細菌学会の表記を用います)。
ただし、ゴードン博士らがそれらの菌を、「やせ菌」や「でぶ菌」と呼んだわけではありません。この呼称や考えかたは一般に理解しやすく、多くの指導者やメディアを通して世界中に広がったもので、その背景には、「やせて美しく、健康になりたい」という社会的ニーズがあったと考えられます。
一方で、最近ではゴードン博士らの提唱とは異なる研究報告も多数出てきました。たとえば日本人では、肥満の人にはむしろ「バクテロイドータ門」の菌の割合が高いという報告があります*2。
ただし、ゴードン博士らの研究が「間違っていた」わけではありません。彼らが調べた人やマウスでは前述の結果であり、生活環境や食生活が異なる人種や民族を調べた場合では、より複雑な菌と健康の関係が見えてきたということです。
これに伴い、「やせ菌」「でぶ菌」といった特定の菌と体型を単純に結び付ける考えかたは、いまでは見直されています。
現在学術的に、腸内細菌はこれまで述べてきた「脳腸相関の神経系、内分泌(ホルモン)系、免疫系」といった、体のしくみの一部としてとらえられるようになり、「やせ菌・でぶ菌」、また「善玉菌・悪玉菌・日和見菌」といった区別もされていないのです。
しかし、古い文献や一般メディアなどでは、理解を促しやすいことも含め、いまでも「やせ菌」「でぶ菌」の表現が散見されます。情報の読み取りに注意をしてください。













