「懐が暖かくなったら心も温まった(笑)」

家にひきこもる生活は3年ほど続いた。外に出たきっかけは障害厚生年金を受給できたことが大きいという。

青木さんは高次脳機能障害と診断された後、障害者手帳3級を取った。そのとき年金についてもネットで調べたが、勘違いして早々にあきらめてしまったのだ。

障害年金には2種類あり、初診日に国民年金に加入していた人は障害等級が1級と2級の人が受給できる。厚生年金に加入していた人は3級でも受給できるのだが、青木さんはすでに仕事を辞めていたため自分が障害厚生年金に該当するとは思わなかったのだ。

また、そもそも障害者手帳と障害年金の等級は別々に判定されるので、例えば手帳3級の人が国民年金2級の障害年金を受給しているケースもあるのだが、それを知らずにあきらめている人は多い。

「家にひきこもっているとき手帳の更新があって、2級に変わったんです。身の回りのこともできなくなったので、なんとか性うつ症状と加筆されていました。状態が悪くなったことで、動く気持ちになったというのも、おかしな話なんですけどね。2級になったことで年金申請に踏み切れたんです」

写真はイメージです(PhotoAC)
写真はイメージです(PhotoAC)

年金受給の手続きは妻に頼んでお金を出してもらい、社会保険労務士に依頼することにした。手術して9年経っていたため最初の病院にはカルテが残っていなかったが、高次脳機能障害と診断された専門病院に診療情報提供書の写しがあったため、5年分遡及して受給できた。

「全部自分で手続きをしようとしたら、最初の病院にカルテがないと断られた時点であきらめていたと思います。本当にホッとしました。懐が少し暖かくなったことで心も温まりまして(笑)、ひきこもりから抜け出すことができたんですね」

大勢の人の前で歌う楽しさを取り戻す

年金の振り込みが始まった後、市役所に手続きに行くと、「ひきこもり家族会」のチラシが置いてあった。

「“ひきこもり”っていう文字が目に入って。ああ、今の僕は、ひきこもりだ。また社会とつながり直すには、何かしなくちゃ。行ってみようと」

チラシには当事者もOKだと書いてある。参加してみると他の当事者や支援者が話を聞いてくれて、「リカバリーカレッジ・ポリフォニー」(東京都東久留米市)への通所を勧めてくれた。

ポリフォニーが行なっているのは障害者サービスのひとつである生活訓練事業で、最長3年間利用できる。青木さんはそのプログラムを片っ端から受講した。

ポリフォニーへ通う青木さん
ポリフォニーへ通う青木さん

高次脳機能障害のせいで、1度に複数の人が話をしたり、速いテンポで会話をしていると、音は聞こえても意味が取れないため、受講が難しい講座もあった。だが、あるプログラムのおかげで歌う楽しさを取り戻すことができた。

「1年後の自分を想像して、その姿を文章に書くという課題があって、僕は『人前で歌っている自分』と書いたんですね。それを書いたときは夢だったのに、数か月後にみなさんの前で歌わせてもらったんです。

僕の歌を聴いてくださる方たちのお顔を見ながら歌うのが、うれしくて。笑ってくださったり、涙を流してくださったり、反応してくださるのが、すごく、うれしかったですね」

手術直後も、歌に助けられた。失語症で「言葉がうまく出てこない」と感じたとき、幼いころから慣れ親しんだ童謡や唱歌を歌ってみたら、「あれ、スッと言葉が出る」と気づいたのだ。いいリハビリになると思い、どんどん歌の種類を増やしていったら、会話の滑らかさも少しずつ戻ってきたそうだ。

青木さんは家にレコードがたくさんある家庭に育ち、音楽が大好きだった
青木さんは家にレコードがたくさんある家庭に育ち、音楽が大好きだった

だが、それだけ歌が好きだったのに、ひきこもっている間は歌う気にもなれなかった。家族と話もしなかったから、声も出なくなってしまったという。

歌う楽しさを取り戻した後は、さまざまな場所で歌っている。母校の定期演奏会で現役の高校生やOBと一緒に歌ったり、失語症の当事者向けのカラオケコンテストに出場したり。ひきこもりのイベントでは体験談を話して独唱をした。