「本当に、去年から追い詰められていました」
インターネット上の言論空間、特にSNSでは、この離脱劇を巡って様々な意見が飛び交った。自民党支持層からは「足枷が外れた」「高市総裁が本来の政策を推し進められる」といった歓迎の声が上がる一方、公明党に対しては厳しい批判も少なくなかった。
しかし、こうした喧騒の裏側で、当事者である公明党とその支持母体・創価学会の内部は意外にも穏やかで、むしろ安堵と歓迎の空気に包まれていた。お通夜のような雰囲気に包まれた自民党とは、実に対照的な光景が広がっていたのである。
本稿では、関係者の証言や信頼できる報道、データを組み合わせ、この歴史的な政治決断の深層に迫りたい。表面的なイデオロギー対立の物語の裏で、何が起きていたのか。そこには、組織の存亡をかけた生々しい危機感と、原点回帰への強い意志があった。
「本当に、去年から追い詰められていました」
ある創価学会幹部は、自公連立離脱の話題に触れた際、静かに、しかし切迫した口調でそう漏らした。これは、決して公には語られることのない、偽らざる本音であった。
今回の決断は、突発的な感情論によるものではない。水面下で静かに、しかし確実に進行していた組織の危機が、その根底にはあったのである。
「今回の事態、これ以上自民党と一緒に進むことは、もはや我々にとって自殺行為に等しいのです。自民党も選挙で議席を減らし、大きな打撃を受けてきました。しかし、我々が受けたダメージは、それとは比較にならないほど深刻で、質が全く異なります。
それは単なる選挙の敗北ではなく、党の存在意義が失われることを意味します。まさに、自民党以上に、我々の組織が根底から『潰れてしまう』という強い危機感がありました。これは誇張ではなく、本当に現実的な、存亡の危機なのです」
裏金自民候補も我慢して応援してきた
この言葉は、連立継続が公明党・創価学会にとって、もはや利益ではなく致命的なリスクになっていた現実を物語っている。その矛盾が臨界点に達したのが、自民党派閥をめぐる「政治とカネ」の問題である。
公明党は、党の綱領にも「クリーンな政治」を掲げる。その支持者たちは、政治の腐敗に対して極めて厳しい目を持つ。
にもかかわらず、連立パートナーである自民党の裏金問題が次々と発覚し、その対応も後手に回る中で、最前線で有権者と向き合う学会員や地方議員は、筆舌に尽くしがたい苦境に立たされていた。
AERAの取材(10月11日)に対し、ある学会幹部は<「選挙のときには、嫌だなと思う自民党候補も我慢して応援してきたんです。自民党の裏金議員の選挙も手伝わなくちゃいけなかった」「私たちまで『何で裏金議員を支援するのか』と絡まれるんですよ」>と、現場の疲弊を吐露している。
党勢の低迷も、危機感を加速させた。2022年の参院選比例票は618万票だったが、直近の選挙では521万票へと約100万票も減少した。
これは単なる数字の変動ではない。組織の生命線である集票力の低下であり、党の存続そのものを脅かす危険信号であった。故・池田大作名誉会長という精神的支柱を失った後の組織にとって、自民党のスキャンダルに引きずられる形で支持を失い続ける状況は、「じり貧」以外の何物でもなかったのだ。
「潰れてしまう」という言葉には、こうした背景からくる、現実的な恐怖が凝縮されていた。