現役を続けていられる理由

ジャンプを始めたころは、50代まで現役選手を続けるとは思っていませんでした。ジャンプ選手はみんな、30歳前後で引退していたし、僕もそれぐらいの年齢が限界なのかなと思っていました。ところが自分が30歳を超えてみると、体は動くし、成績も出ていたので、「なんでやめなきゃならないの?」と思うようになりました。やめる理由がなかったので、現役を続行して、その後も選手生活はどんどん長くなっていきました。

僕は、やることは何でも極めたいタイプで、さまざまなスポーツの技術のコツをつかむのが、うまいのだと思います。未知の動きに対する反応や順応性が、生まれつき高いのではないかと思っています。

スキージャンプの葛西紀明さん 撮影/野辺竜馬
スキージャンプの葛西紀明さん 撮影/野辺竜馬
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そしてハングリー精神。子どものころ、家が貧しかったので、母に楽をさせてあげたいとか、オリンピックで活躍して豪華な家を建ててあげたいという気持ちがずっとありました。

成長してからも妹が病気になったり、母が亡くなったりと、家族が大変な思いをしていたので、30代前半までは、家族を背負って戦っているようなものでした。

今は会社のバックアップもあるし、妻とふたりの子どもという新しい家族、そして友人、知人、ファンの方々の応援が一番の力になっています。

「ジャンプの選手寿命は30代」という常識の裏側には、多くの選手が30代を境に、体力の衰えによって成績が出せなくなるという事実があります。しかし僕の場合は、30代以降になって、できるようになったことがいくつもあります。

たとえば、息抜きです。若いころはがむしゃらに練習して、休みなしで頑張っていましたが、そこには休むことへの不安もあったと思います。「ここで休んだら、勝てなくなるのではないか?」と。

30歳までの僕は、「休みを取らず、大事な試合のある2月ごろに疲れが出る」というサイクルを繰り返していました。それは肉体的な疲れというよりは、頭の疲れ、脳の疲れだったと思います。

フィンランド式のトレーニングを取り入れて、リフレッシュすることを覚えてからは、頭が疲れず、大きな試合でも結果が出せるようになりました。30代、40代以降、息抜きをすることが、断然うまくなったと思います。

ケガもしなくなりました。過去、レクリエーションでサッカーやバレーボールをしているときに、捻挫などのケガをすることが多かったのですが、「これ以上やったらケガをする」というラインがわかってきました。

これは精神的な要素が強くて、体の調子がよく、「今日はいけるぞ」というときに限って、思わぬケガをしていたのです。

気分が高揚していて、アドレナリンが出過ぎていたのか。負けずぎらいの性格が災いして、「負けたくない」という気持ちが強過ぎたのか。年を取るにつれて、はやる気持ちを抑えられるようになり、力加減ができるようになりました。

人間の体力は、20代をピークに下降していくと言われていますが、体の使い方や、難しい局面への対処法は、経験を積むほどに上達していくものです。「30代が選手寿命」との常識を信じて、40代、50代の成長を自分から諦めてしまうのは、もったいないと思います。