偽りのポジティブはネガティブな効果しか生まない
「幸せの追求」に似た観点として、ポジティブシンキングについて考えてみたい。
ポジティブにまつわる言葉も、現代における“呪い”の典型だろう。たとえば、「常にポジティブで前向きに」や「小さなことにくよくよするな」などのフレーズは、私たちに前向きな姿勢の重要性を訴えかけ、不安や怒りといった感情を最小限に減らすように促してくる。
特に自己啓発の世界でよく見聞きするアドバイスだが、果たしてこの主張には、どれだけの正当性があるのだろう。
まず前提として、ポジティブな感情のメリットは過去に何度も認められている。たとえばある研究では、前向きな気分の人は、落ち込んだ人よりも心拍数や血圧が下がりやすい傾向が見られたし、また別の調査でも、楽観的な気持ちのときほど体内のナチュラルキラー細胞が増え、がんの再発リスクが下がったと報告されている。
これはおそらく、ポジティブな人は逆境のなかでもストレスを感じにくいため、免疫系がダメージを受けにくいからだろう。
似た報告は他にも無数にあるし、どの研究も総じてデータの質は高いため、ポジティブな感情の有用性を疑うのは難しい。ウィンストン・チャーチルも言うように、困難のなかに好機を見いだす楽観主義者の姿勢には、やはり学ぶところがある。
しかし、それでもポジティブシンキングには問題がある。ポジティブな感情が自然にわき上がるのと、ポジティブな感情を意識して目指すのとでは、その結果は大きく異なるからだ。
ニューヨーク大学の研究チームが、卒業を目前に控えた就活生83人を対象に、卒業後のキャリアをどうイメージしているのかを訊ね、それから2年後に追跡する調査を行った。
すると、過去の時点で自分の未来をポジティブに思い描いた学生ほど内定が少なく、給料も低い傾向があったという。要するに、学生のころに「自分にぴったりの仕事が見つかるだろう」や「いい上司に恵まれているだろう」などと、自らのキャリアを前向きに想像した者は、実際に社会に出てから伸び悩んでいたわけだ。
さらに、ポジティブシンキングには、他にも以下の副作用も報告されている。
●仕事の能力低下:332名の男女を対象に行われた実験によれば、参加者の半分に「仕事をスムーズにこなせる自分」をイメージさせ、残りには「普段どおりに仕事をする自分」を思い描くように指示。その後1週間の経過を見たところ、事前にポジティブな自分の姿を想像したグループは仕事の集中力が減少し、作業のパフォーマンスが大きく下がっていた。
●恋愛の失敗:2002年の実験では、学生を集めて「いま好きな人と恋愛関係になったところをイメージしてください」と伝え、それから5ヵ月後に再調査してみると、楽観的な想像をした学生ほど、実際には恋愛が成立しない傾向が見られた。逆に「告白してふられた場面」のようなネガティブな想像をした学生は、実際に恋愛がうまくいく確率が高かった。
●ダイエットの挫折:ペンシルベニア大学などの研究チームによれば、肥満に悩む女性に「完全に痩せて理想の体型になった自分」を想像させた。その結果、ポジティブな自分の姿をイメージした参加者は、1年後にダイエットに失敗する確率が高くなった。その一方で、「さらに太った自分」をイメージした参加者は、ダイエットの成功率が上がっている。
ご覧のとおり、どのデータにおいても、ポジティブシンキングを実践した者ほど長期的な目標の達成に失敗している。どうやら意図的にポジティブな感情を目指すと、私たちはゴールを目指すモチベーションを失ってしまうらしい。