政府会議で「壁ドン教育」の案も浮上

またもう一つ、若者と「結婚(未婚)」に大きな影響を与えていそうなものに、結婚の手前の「恋愛」があることは、既にご存じかもしれません。

実は15年、先の国の第三者機関は、若者と「恋愛」に関する調査結果も公表していました。当時「交際相手なし」の未婚者(18~34歳)が6割を超え(64.5%)、この割合が87~92年のバブル期(43.6%)より、2割以上も増えたとの内容です(「第15回出生動向基本調査」)。

これを受けて、マスコミの一部が「これほど若者が恋愛(交際)しなくなったなんて」「現代の若者は、恋愛にも結婚にも消極的」だと批判しました。その前年(14年)にも内閣府が、若者と恋愛に関する調査結果(「結婚・家族形成に関する意識調査」)を発表しており、余計に話題にのぼりやすかったのでしょう。

こちらの調査でも、やはり当時20〜30代の未婚男女では約6割に恋人がいなかったのですが、そのうち約4割(37.6%)が「恋人が欲しくない」と回答。さらに5割弱(46.2%)の若者が、恋人を欲しない最大の理由に「恋愛が面倒(だから)」を挙げていました。

14、15年といえば、私が拙著(08年)で呼んだ「草食系男子」との言葉が社会に浸透しており、世間の大人たちは「覇気がない」「まさに草食系」などと揶揄しました。私は、おもに消費に慎重な若者を草食系と呼んだのですが、ネット上の記事やSNSで「恋愛しない=草食系」のイメージが面白おかしく語られ、徐々に定着していったのです。

こうした状況を受け、一部では「恋愛に熱心でないなら、いっそ教育現場で教えてはどうか」とする識者まで登場しました。たとえば、成蹊大学文学部の小林盾教授。22年、彼は内閣府の研究会において「現代の恋愛チャンスには格差がある」とし、その是正に向けて、教育内容に「壁ドン、告白・プロポーズの練習、恋愛ゼミ」などを組み込むことを提案したのです(男女共同参画局「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」)。

ご存じの通り、壁ドンは少女漫画などで「胸キュン」の代表的な恋愛シーンとして描かれるもので、男性が壁を背にした女性の前に立ちはだかり、壁にドンと手をかけて顔を近づけること。ただ、早稲田大学国際教養学部の森川友義教授は、小林教授の提案に「(壁ドン教育は)人によってはセクハラ(になる)」とコメントしました(22年『ABEMAヒルズ』(AbemaTV)[10月20日放映])。確かに、森川教授が言う通りでしょう。

壁ドンのイメージ(PhotoAC)
壁ドンのイメージ(PhotoAC)

恋愛はあくまでも自由意志ですから、それを教育現場で「行為」を交えてレクチャーするのは、セクハラと取られかねません。恋愛の理論までは教えられても、実践は(少なくとも高校までは)教えにくいはずです。

半面、個人的には小林教授の思いも理解できます。それほど近年は、一度も恋愛経験がない「未恋」の若者が増えているのです。

たとえば、内閣府が22年に公表した白書を見ると、20代女性の約5割、同男性の約7割が「配偶者や恋人はいない」と回答し、これまで誰とも(一度も)交際したことがない「未恋」の若者が、女性で約25%、同男性で約40%もいることが分かります。

この「未恋」割合は、本来なら、恋愛経験が増えると考えられる30代でも、20代と約5%しか違いません(女性約20%、男性約35%)。つまり、30~39歳になっても、誰とも交際経験がないままの人が、未婚の女性で5人に1人、同男性では3人に1人以上もいるのです(「男女共同参画白書」)。

昭和のように、条件中心で結婚する「見合い結婚」が主流であれば、いまほど問題はなかったはず。ですが近年、見合いの割合は1割にも満たず(9.9%)、圧倒的多数は「恋愛結婚」です(「第16回出生動向基本調査」)。

そんななか、39歳になって誰とも交際経験がなく、かつ恋愛の実践的ノウハウも知らない状態で、いきなりデートを重ねて結婚できるかといえば……、現実はかなり難しいと想像がつきますよね。

また同じ調査で、現在「独身でいる理由」を見ると、25~34歳の男女共に2割前後(男性20.0%、女性18.2%)が「異性とうまくつき合えないから」を挙げています。とくに女性では、「結婚資金が足りないから」(13.4%)など経済難を「うまくつき合えない」が約5%上回っていますから、恋愛力の養成も課題の一つと言えるでしょう。

若い世代が独身でいる理由(書籍『Z世代の頭の中』より)
若い世代が独身でいる理由(書籍『Z世代の頭の中』より)
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文/牛窪恵

『Z世代の頭の中』(日経BP)
牛窪恵
『Z世代の頭の中』(日経BP)
2025年7月10日
1,210円(税込)
296ページ
ISBN: 978-4296120758

早期離職、タイパ重視、恋愛しない、飲み会嫌い、スマホ中毒……若者の「それ」本当ですか?

近年、日本の職場や消費の現場で、あるいは少子化のキーパーソンとして、広く注目される「Z世代」。実は、メディア発信による既存イメージの多くが、彼らの実像を見えにくくし、「昭和・令和世代」との大きなギャップを生んでいる可能性が、指摘され始めています。

たとえば、「会社をすぐ辞める」「恋愛・結婚は面倒」「お金を使わない」「打たれ弱い」「親とベッタリ」「政治に無関心」……など。こうした世間でのイメージの背後で、実際の令和の若者・Z世代の多くは何をどう考え、なぜそのように振舞っているのでしょうか?

本書では、消費者研究で定評のある世代/トレンド評論家・牛窪恵が、令和の若者1600人以上への大規模調査(※)と55人へのデプス(1対1)インタビューを基に、彼らのナゾにとことん迫ります!

(※大規模調査=協力:CCCマーケティング総合研究所)

●本書に登場するZ世代のナゾ●
○なぜ第一志望に決まった直後に「転職サイト」?
○なぜ「いいね」の数より「界隈」を好む?
○なぜ仕事と恋愛は「トレードオフ(両立できない)」?
○なぜ健康志向なのに体に悪そうなモノを買う?
○なぜ「地元好き」なのに都会や海外に出ていく?


【目次】

第1章 若者は「すぐ辞める」のか――仕事と働き方のナゾ

第2章 若者は「ニッポン」に興味がないのか――政治と起業、地元志向のナゾ

第3章 若者は「結婚が面倒」なのか――恋愛と結婚のナゾ 

第4章 若者は「親に甘えすぎ」なのか――家族と出産のナゾ

第5章 若者は「お金を使わない」のか――消費とSNS、友人関係のナゾ 

第6章 若者と、どう歩んでいくべきか――Z世代と創るニッポンの未来


Z世代の皆さんへ 行動経済学に基づく「3つの知恵」

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