松岡正剛の「編集工学」とPluralityが示すもの

『PLURALITY』に関心をもった第二の理由であるが、それは「編集工学」と関わったことだ。1980年代に編集工学研究所を立ち上げた故・松岡正剛氏とは、1980年代末から一緒に仕事をしてきた。

編集工学は複雑性の理論を基盤にしている。したがって「知」を積み上げ型のものとしてではなく、そもそも身体に絶えず起こっている自己編集と、脳の中に仕組まれている編集能力として見ている。自己編集は内に閉じられて起きているのではなく、外部と情報を交換しながらなされているので、「孤立した私」は存在しない。

個々の人間が生まれ落ちる世界はすでに組織化され、名付けられ、記述されている。すでに関係づけられ、相互ネットワークの中にいる。ルールがあり、制限も受けている。ではどうするのか。松岡正剛はどうせルールがあるのだから、自己修正ルールを生成すればよく、相互関係ネットワークの中にいるのだから、そのネットワークをさらに広げればよく、すでに投げ出された存在なのであるから、相互編集しながら自己編集し続ければ良いのだ、と説く。

それを「編集的自由」という。

本書の322頁にはコラボレーションを深めていくことと、多様性を広げていくこととを、同時に表現した図が掲載されている。まさに編集工学はそれを目指している。

そのために松岡正剛は2000年に「イシス編集学校」を作り、本書で言うところの「ゲーム化された学習」「エデュテイメント」のメソッドを完成させた。私は今、その学長を務めている。

江戸文化研究者の田中優子氏
江戸文化研究者の田中優子氏

この学校において「編集能力を拓く」とは、社会の中に投げ込まれた自分が、すでに持っているものを柔軟に変化させ、動かし、柔らかくすることで、「偶発」を呼び込み、可能性を増やし、異なるカテゴリーの多様な価値(スコア)を重ね、矛盾ごと駆動し、よくよく練られた逸脱に向かうことである。

これは「関わりを深くしながら多様性を広げる」方法であり、これからの日本社会が、挙国一致ではなく、ネットを利用した自己利益の最大化でもない、多様性に開かれた社会に向かうために、必須の方法だと思っている。

『PLURALITY』の価値観に非常に近いものを感じている。また私は複数の女性コミュニティで法制度の改革を実現する運動も展開しており、政治の仕組みにも大いに関心がある。本書は多くの事項を扱っている。すぐさま全てを理解し実行に移せるわけではないが、本書には、試したいことが溢れている。

文/田中優子

PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570

世界はひとつの声に支配されるべきではない。

対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。

空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。

複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。

ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。

しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。

プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。

「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。

現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。

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江戸問答
田中 優子 松岡 正剛
江戸問答
2021/1/22
1,100円(税込)
382ページ
ISBN: 978-4004318637
江戸問答とは、江戸の社会文化から今に響きうる問いを立てることである。近世から近代への転換期に何が分断され、放置されたのか。面影、浮世、サムライ、いきをめぐる、時間・場を超越した問答から、「日本の自画像」を改めて問い直す。誇りたい日本、変えたい日本、語り継ぎたい日本がここにある。『日本問答』に続く、第二弾。
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テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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