江戸の「連」とアーレントの共通点
一つは、1970年代に開始した江戸文化研究の中で、「いくつもの自分」をもった人々が小さな連(グループ、コミュニティ)を無数にネットワークさせて創造活動を展開している現場を知ったことだった。
芭蕉のような俳諧師も、世界中に知られている喜多川歌麿や東洲斎写楽や葛飾北斎も、そしてとりわけ「狂歌連」を世の中に書籍として刊行していった、今年の大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎も、「自我意識」や「個人の創造」としてものを作っていたわけではなかった。
複数の名前を複数の連で使い、連はその成立や出入りや解散が自由で、俳諧や狂歌や本草学(博物学)のコミュニティは、全国ネットワークでつながっていた。
近代文学を学んでいた私はそのありように衝撃を受けた。つまり孤立した個人の自我意識など、どこにもなかったのである。
その代わり創造活動に大きな意味を持っていたのは、多様に交差し合う「関係」だった。
人々は助け合うが密接になりすぎず、全体主義的にもならなかった。個人と個人の間の隙間が維持されつつ、その隙間で情報のやり取りをして、そこに自分という存在が更新されていったのである。
本書は「多元性という人間の条件、つまりひとりの人間ではなく人間たちが地球上に住み、世界に暮らしているという事実」と、「活動とは、物や物質を介さずに人間同士の間で直接行われる唯一の行為」という「事実」「行為」についてのハンナ・アーレントの考えを基盤にしている。
したがって西欧でも、多様性と関わりに注意を払う人はいた。しかし何もかもが金銭を媒介にするようになったことと、自己責任思想による政治の責任回避が、私たちの社会に大きな勘違いをもたらしていた。
むろん江戸時代社会には、本書が前提としている「人権というオペレーティングシステム」はなかった。その上に成立した民主主義もなかった。コラボレーションは深く、その深部感覚は今と比べ物にならないほど強かったが、多様性の広さはなかった。
しかし今の日本人が人権をオペレーティングシステムとして意識し、民主主義を失ってはならないものと位置付けているかといえば、政治を見る限り、甚だぼんやりしている。そこにSNSが出現した。人権意識が薄いところに対立や憎悪を煽れば金を稼げる、となって、選挙も巻き込んでひどい状態になっている。この醜悪をどう乗り越えるかは、今の日本の大きな課題である。